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紅音はどうやら今日は任務に出ているようだ。となると、担当が一人しかいない俺はやることがなくなってしまった。
貴陸から頼まれていた仕事も終え、普段だったら望眼の仕事について行ったりしていたのだが今回はそれがない分持て余してしまってる。
取り敢えず、貴陸さんが返ってくるのを待とうか。なんて考えていたときだった、オフィスの扉が開いた。
花瓶の水を変えていた俺は、慌てて背筋を伸ばした。現れたのは東風だった。
スーツを着崩し、眠たそうに欠伸をしながらやってきた東風に慌てて俺は頭を下げる。
「あ、お、おはようございます……っ!」
「良平……元気だね」
「あ、ご、ごめんなさい……声……」
「いや、別にいいけど……」
くあ、と欠伸をしながら俺の横を通り過ぎていった東風はそのまま自分のデスクに腰をかける。
東風にはサディークさんの手紙のことでお世話になっていた。あのあと改めてお礼を言ったが、本人はあくまでもしらばっくれるつもりのようで「なんのこと?」と躱されてしまった。
けれど、東風さんはいい人なのだろう。それは俺でも分かる。
「……」
「……」
「……なに?」
「え?」
「いや、ぼけっと俺の顔ばっか見てくるから」
「あ、ご、ごめんなさい……その、何かお手伝いすることとかないかなって……」
「ああ、……望眼のやつサボり?」
「さ……っ、ええと、体調不良とのことです」
「あいつがねえ、二日酔いかな」
貴陸さんと同じこと言ってる……。望眼さん、どんだけ二日酔いの印象持たれてるんだ……。
「それで、やることがないと。……別に無理して出社しなくてもいいのに」
「え、で、でも……その……」
「少しでも早く皆さんのお役に立ちたくて、とかそんなところかな。いい子ちゃんが言いそうなこと」
「……っ! い、いい子ちゃん……」
相変わらず歯に衣着せぬ物言いだ。悪気はないのだろうが、たまに東風の言葉はぐさりと刺さるのだ。嫌われてはないとは思いたいが、とどう反応していいのか迷ってると、デスクの上、山になっていた書類をそのまま引き出しに突っ込みながら東風はこちらを見る。
「暇ならついてくる?」
「え……?」
「外回り。……ま、本当付いてくるだけだけど、適当に顔見せついでに」
「い、いいんですか?」
「……ん、まあ」
東風と言えば、能力柄なかなか特殊なヴィランの人たちが担当だということは聞いていた。少し不安はあったものの、東風の方から誘ってくる機会など早々ないだろう。俺は「よろしくお願いします……っ!」とやや声量を抑えて頭を下げた。
「元気だね。……ま、望眼から少しは聞いてるかもしれないけど、俺のお客さんは結構変な人多いから」
「変な人には自信があるので大丈夫です……っ!」
「その自信ってなに? ……ま、いいけど」
ぽそ、と呟き、「じゃ、準備するから待ってて」と東風は再び立ち上がり、共用の冷蔵庫から野菜ジュースを取り出した。どうやらそれが準備のようだ。
やっぱりなんか、マイペースな人だよな……。
望眼とは違う独特の雰囲気とテンポ感に戸惑いつつも、取り敢えず東風から盗めるものは盗もうとメモに野菜ジュースとだけ残しておく。
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