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望眼から東風の担当について少しは聞いていたからきっとハードワークになるのだろうという覚悟はしていた。
が、思ったよりも望眼と変わらない。寧ろ、望眼のようにしっかりとコミュニケーションを取ってるわけでもなく、あくまで義務的な文字通りの挨拶回りという印象を受け取った。
どうやら東風も普段から能力使ってるわけではないらしい。
各社員の部屋、はたまたオフィス街のレストランバー、道端などなど、東風の担当ヴィランたちに会いに行っては簡単なアンケートを済ませる。
それは五件ほど繰り返したあと、本社へと帰る途中の路地で東風は「なに?」とこちらを見た。
「あ、えと……」
「能力使わないんだって思ったでしょ」
「えっ! ……は、はい」
「正直だね」
「す、すみません……」
「いいけど」と東風は呟いた。
それから眠たげな目を擦り、そのまま欠伸を噛みしめる。
「……挨拶くらいなら別に必要ない。てか、逆に疲れるし……それに、挨拶で能力使わないと行けないような担当がいるところに流石に良平連れていけない」
さらりと出てきた言葉に俺は思わず東風を見上げた。眠たげな視線と目がぶつかり、思わずどきりとする。
……先輩だ。
「こ、東風さん……」
「感動してるみたいだけど、普通だからこれ」
それでもなんだかちゃんと部下として扱ってもらえてるみたいで嬉しかった。
普段クールで何考えてるかわからない人だからこそ余計、嬉しくなる。東風は「やっぱり変だね」とつぶやいた。
「へ、変、ですか?」
「良平。……なんか不思議な感性してる」
それはヴィランらしくないということだろうか。
ぎくりとしつつ、俺は「そうでしょうか?」と慌てて誤魔化した。
「え、えと、そういや望眼さん、大丈夫でしょうか」
とにかく別の話題を、と考えた結果、俺の口から飛び出したのは望眼の話題だった。
瞬間、前を歩いていた東風かぴたりと立ち止まる。思わずその背中にぶつかりそうなったとき、肩を掴まれ支えられた。
「わ、す、すみません……っ! ……東風さん?」
「そんなに望眼のやつが気になる?」
「え、まあ……も、もちろん……っ!」
「……ふーん、なんで?」
「え……」
「なんで気になんの?」
眠たげな眼はしっかりとこちらへと向けられていた。
別に変なことを聞かれているわけではない、はずだ。はずなのに、虚ろなその双眼に見つめられると胸の奥がなんだかざわざわした。
「そういや、望眼のやつ体調不良って言ってたけど……もしかして、それアンタ関係ある?」
「え゛」
「あるんだ」
「な、なんで」
「なんとなく。アイツ、良平のこと気に入ってたから」
貴陸といい、周りの人間から分かるほど望眼は俺のことを目にかけてくれていたのか。
嬉しくなる反面、余計望眼を裏切るような真似をしてしまったのではないかと不安になってくる。
「喧嘩した?」
「いえ、そういう直接的なことは……」
「直接的ではない揉め方はしたんだ」
「う……ッ」
「当たり」
「こ、東風さんって……人の心も読めるんですか……?」
「良平とあいつがわかり易すぎるだけだね」
「あ、あの。でも望眼さんは本当にただの体調不良という可能性もあるので、その」
「それはない」
断言?!と驚く俺を他所に、「んじゃ、そろそろ移動しよっか」と東風はこちらを見る。
なんだか先程から東風にペースを狂わされっぱなしだ。はい、と頷きかえし、俺はさっさと歩き出す東風の後をついていった。
次はどの担当さんのところに行くのだろうか、と少しだけドキドキしていた。そんな中、東風がやってきたのは社員寮だ。
途中で果物を買い、それを抱えたままやってきた社員寮・通路。
俺の部屋とは違うフロアだが、ここには来た覚えがある。確かここは。
「……着いた」
「あ、あの、東風さん。ここって確か……」
「来たことある? 望眼の部屋」
やはり記憶違いではなかったか。
俺が酔っ払った日、望眼の部屋へと連れてこられたときのことを思い出し、頬がじんわりと熱くなる。
……いや待て。どうして東風はここに俺を連れてきたんだろう。
「あの、どうしてここに……」
「見舞い」
「あ、なるほど……」
「ってのは建前で、サボってるやつの顔を見に来た」
え、と驚く暇もなく東風は扉に取り付けられたインターホンを押す。一回鳴らしても反応はない。
「あ、あの東風さん、もしかしたら本当に具合悪いのかも……」
「賭けてみる?」
「か、賭けって」
そのまま二度目のインターホンが鳴り響き、扉の向こうから足音が聞こえてきた。そして、いきなり扉が開いた。
そして、
「はいはい、なんすか……って、東風さん?」
扉の向こうにいるのが誰かも確認せずに出てきたらしい望眼は如何にも今起きましたという風貌だった。乱れたシャツの襟を直しながら顔を出した望眼。扉の向こうに立っていた東風の姿を見て、望眼は目を丸くする。
「なんでここに」
「因みに良平もいる」
「え」
「あ、えと……体調、大丈夫ですか?」
「な……っ、んで……」
「望眼が体調悪いって聞いたから見舞いに――」
来た、と東風が続けるよりも先に、目の前の扉が閉められる方が早かった。
「も、望眼さん……っ?」
『……いや待って、ちょっと俺まじで寝起きなんすけど』
扉横のインターホンから望眼の弱々しい声が聞こえてきた。
「あの、具合そんなに悪いんですか? お、お医者さんとか……あの、看病のお手伝いとか……」
『よ、良平……いや、そーいうんじゃなくて……』
「お前、女連れ込んでんのか」
「へ……」
東風の口からさらりと出てきた言葉に、俺は思わず瞬きをした。だからそんなに慌ててるのかと納得してしまいそうになったが、『な、ちが、ちょっと止めてくださいよ』と慌ててインターホン越しに望眼は否定する。
『でもちょっとまじであの、取り敢えず待っててもらえませんかね。すぐ準備するんで』
「別にそのままでいいのに」
『俺が嫌なんすよ』
「ふうん。……良平、いい?」
「あ、はい。……俺は望眼さんが大丈夫ならそれで」
『よ、良平……すぐ、五分、いや三分くらい待っててくれ』
悪い!と、謝罪を最後にインターホン越しの望眼の声は途切れる。「長」と東風はそのまま壁に凭れかかり、長い脚を組んだ。
「あいつ、今大慌てで部屋の掃除してるに一票」
「そ、そんなこと……」
ないかもですよ、と言いかけた矢先、扉の奥の望眼の部屋からがっしゃーん!と凄まじい音が聞こえてきて思わず扉を見た。だ、大丈夫だろうか。
「本当あいつ、分かりやすすぎるのも問題だね」
そう煙草を咥える東風に、俺はハラハラしながら望眼の部屋の物音が止むのを待つことになる。
結局、望眼が顔を出したのは四分後だった。
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