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「えーっと、その、それでですね……」 「で、そのまま墓穴掘っちまったと」 「そ……その通りです」  一通り説明をすれば、ノクシャスは眉間の皺を深くする。俺にも段々わかってきた、この顔は『またか』って顔だと。 「けどまあ、お前の言うことには一理あるけどよ。……そもそも、お前、この間もナハトと出かけてなんか問題起こしたばっかじゃなかったか?」  てっきり怒鳴られるのではないかとビクビク怯えていたが、思ったよりもノクシャスは冷静だった。そりゃあもう、痛いところを突いてくるほど。 「……敵襲というか、ハプニングが少々」 「んで? 今回も懲りずに出かけるつもりかよ」 「う、その、会社にいると仕事のことを思い出してしまうかなと……やっぱり難しいですかね」 「難しいもなにも、俺からしてみれば『余計な仕事を増やしてんじゃねえ』だけどな」 「そ、そうですよね……」  がっくりと肩を落とす。いや、落ち込んでる場合ではない。紅音にああ言った手前、また別の方法を探すしかない。  社内で落ち着ける空間探す?  ……どっかの施設には本物と見紛うようなバーチャルシアターがあるという話も社員たちの会話から聞いたこともあるが、それを活かせば少しは現実から遠ざけることもできるのか……?  なんて、うんうん一人で考え込んでると、ふとノクシャスがじとりとこちらを見てることに気づいた。 「そもそもあいつはなんて言ってるんだよ」 「え?」 「あいつ……ナハトだよ」  まさかここでナハトさんの名前が出てくるなんて。  一瞬言葉に遅れた俺に全てを悟ったようだ。ノクシャスは目を見開く。 「おま、まさか言ってねえのか」 「え、えーと……まあ……」  ナハトはナハトで忙しい時期だろうし、そもそも逐一報告しては「なんで俺に報告するんだよ」と鬱陶しがられるのではないか……などと言い訳じみた言葉を並べてはみるが、正直なところ絶対怒られるだろう。そう分かってたからこそその選択肢をそっと避けていた節はあった。 「予言してやろうか。ぜってーあいつブチ切れるぞ」 「そ、それは……」 「しかもあいつがトリッドのこと目の敵にしてるの、まさか忘れたわけじゃないだろうな」 「で、ですけど、一応仕事ですし……」 「仕事なぁ……」  そう、別になにもやましいことはないのだ。けれど、ナハトに隠れてトリッドと会うことに謎の後ろめたさを覚えてる自分もいた。  ……浮気してるわけではないのに。  俺が縮み込まっているのを暫く眺めていたノクシャスだったが、やがて口を開く。 「……仕方ねえ、俺も協力してやるよ。その『デート』に」 「え……?」 「知り合いが経営してる遊園地がある」 「仕事がねえ奴らに飯食わせるためにうちの社員をスタッフとして雇ってんだ。安全性も高いし話もつけやすい。新参者のあいつには言わなきゃバレねえよ」思ってもいなかったノクシャスからの提案に、俺は慌てて立ち上がる。そして腰を折り頭を下げた。 「あ、ありがとうございます! ノクシャスさん!」 「その代わり、俺も同行する」 「の、ノクシャスさんが……?」 「あー……安心しろ、邪魔はしねえし見つからねえようにする」 「ナハト程じゃねえが俺だって隠れるぐらいはできるからな」と少しだけ得意げなノクシャス。  渡りに船、とはまさにこのことだろう。けれど、このまま全部ノクシャスに甘えてしまっていいのかという躊躇いもあった。 「い、いいんですか……?」 「元よりあいつの監督責任は俺にもあるからな。……それに、お前ら二人だけにして何かあったときどうするつもりだ」 「ありがとうございます……っ! でも、ノクシャスさんお忙しいんじゃ……」 「だからそのついでだ」 「……ついで?」 「下手にチョロチョロされるより目の届くところにいてもらった方がありがてぇって意味」 「の、ノクシャスさん……」  ありがとうございます、ともう一度頭を下げれば、「その代わり、あいつことは頼んだぞ」とノクシャスは小さく付け足した。  その一言に思わず顔をあげれば、ノクシャスは顔を反らしたままボリボリと前髪を掻き上げる。 「……クソ、ボスになんて説明すりゃ良いんだ?」  今すぐ抱き着いて感謝の意を伝えたいところだが、ノクシャス本人はそれどころではなさそうなのでぐっと堪えた。  仕事とは関係ない、とは言ったが、これは俺の任務でもある。ノクシャスに任せられた任務だ。  期待に応えられるように頑張らなければ、と人知れず心を燃やしつつ、俺はノクシャスさんに感謝のXXXLサイズのピザを注文することにした。それも一瞬でノクシャスさんの口に消えたのは言うまでもない。

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