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「二人とも、よく似合ってる」 「あ、ありがとうございます……えへへ」 「ふふ、初々しさも悪くない。が、ここはあくまでも監獄だ。囚人たちには舐められないように心して取り組むように」 「は、はい……っ!」 「……はい」 「いい返事だ。それでは早速この施設を案内しよう」  こっちだ、とシェムさんは裏口の方へと向かう。他のお客さんが入る入口とは真裏だ。ピカピカとした装飾もない、寂れた裏口を前に少しだけ俺は戸惑う。  ……これもあれだろうか、雰囲気作りの一環なのだろうか。確かになんだか本物の看守になった気分だ。  裏口の扉を開いたシェムさんは「入れ」とだけ口にした。  そのまま建物に入った俺は息を飲む。 「……す、すごい……」  地味なのは入口だけで、中に入った瞬間別の世界のような空間が広がっていた。  大きな箱を真っ二つにし、そこの壁を特殊なガラスでコーティングしたようなそんな作りだ。その向こう側では、囚人の格好をした人々がたくさん動いている。 「君たち新人の仕事は問題を起こしていない囚人がいないか見張ることだ、もしこれらの囚人を見つけることができれば写真に収めてくれ」  そんな背景を背に、シェムさんは空気中にとある映像を浮かび上がらせた。そこには三名の見たことのないヴィランが映し出された。皆それぞれ悪そうな顔をしてる……ここの遊園地のスタッフなのだろうが、何も知らなければ出会った途端逃げ出してしまいそうな迫力があった。 「カメラ……?」 「ああ、これから君たちにはこの端末を支給しよう。これは我々施設職員といつでも連絡が取れるものになってる、他にも道に迷った時などマップを呼び出しナビゲーションする機能もついているので活用してくれ」  そう渡されたのは腕時計型の端末だった。言われるがまま腕に巻き付ければ自動で起動し、このテーマパークのロゴが表示される。  そこから表示されるアイコンを眺める。通信機能やマップ機能の他にも、スタンプ集めのようなイベント連動の機能もあるみたいだ。  そのアイコンに触れれば、つい今見せられた凶悪な囚人たちの顔や全身の立体映像が浮かぶ。 「わ、すごい……っ! すごいね、紅音君」 「……そうだな」 「ふふ、良平君。君は素直な子だね」 「え、あ、ご、ごめんなさい……話の邪魔してしまって……っ!」 「ああ、いや、構わないよ」  くすくすと笑いながら、「そっか、君がね」と小さくシェムさんは呟いた。こちらを見つめる目がなんだか優しくて、ほんの少しどぎまぎとしたとき、「おい」と紅音に袖を引っ張られた。  ……し、しまった。シェムさんに見惚れてしまっていた。  なんというか、笑ったときの雰囲気が兄に少し似てるのだ。シェムさん。だから仕方ない。 「因みに先程の囚人、身柄を確保して知らせてくれた場合は特別な賞与もあるから是非励んでくれ」  賞与、という言葉につい目を輝かせる。どんなものが貰えるのだろうか。ウキウキしていると、同じく賞与という言葉に釣られたらしい紅音が手をあげた。 「なんだい」 「身柄確保ってのはどこまでしていいんだ?」  そんなことを言い出す紅音に俺は思わず二度見した。シェムさんは怒るわけでもそれを咎めるわけでもなく、ただすっと目を細めた。 「抵抗しない囚人はいないだろう、腕に自身があるならやってみればいい」  端正な顔に浮かぶのは好戦的な色だった。  ノクシャスさん、ここ本当に大丈夫な遊園地ですよね……?  嫌な予感がしたが、紅音も紅音でなにか考えてるようだ。せっかく紅音が興味を示してるのならばあまり水を差すような真似はしたくないが……紅音君、腕っぷしが強いから普通に相手の方が心配になるんだよな。 「や、やっぱり平和にいこうよ」 「大丈夫だ、俺に任せろ」 「く、紅音君……?!」 「好戦的でいいね。……それじゃあ、ここから先は君たちの好きな仕事から向かうと良い。道に迷った場合や目的が定まらない場合はそのデバイスのナビを使うんだ」 「あ、あの、シェムさんは……」 「ああ、俺は自分の仕事に戻る。……個人的に用があるというのならその通信機で俺のことを呼んでくれ」 「あ、いえ、そ、そういうつもりでは……!」  冗談なのだろうが、微笑むシェムさんについ頬が熱くなる。 「ぜーんーけ」と怒ったような顔をした紅音君に腕をぐいぐいと引っ張られ、「さっさと行こうぜ」と半ば強引にシェムさんから引き離された。 「あ、わ、わかったから引っ張らないでよ……って、ぁ、シェムさん、ありがとうございました」  紅音にずるずる引っ張られながらもシェムさんに頭を下げれば、シェムさんはにこりと微笑んだまま俺達を見送った。  こういうキャストさんって、やっぱり魅力的な人が多いな。なんてしみじみ考えつつ、俺は服が伸びない内に慌てて紅音についていくことにする。

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