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 待ち合わせ場所、そこに紅音の姿を見つける。  普段派手なヴィランスーツを見てるせいか、私服姿の紅音はなんだか新鮮に感じた。 「お待たせ、紅音君」  壁に凭れかかっていた紅音に声を掛ければ、紅音は変な顔をする。 「……デートだから名前呼びってこと?」 「あ、いや、そういうわけじゃないんだけど……嫌だった?」 「全然。……つか、そっちのがいい」 「え?」 「……俺も、前みたいに呼んでいいの?」 「う、うん……今日だけなら」  いいよ、と小声で告げれば、紅音は辺りに目を向ける。 「紅音君……?」 「……いや、また見張りいるんじゃないかって思って」  あまりにも鋭い紅音の言葉に内心ギクリとした。  今回はここまで来る途中に無雲に「なるべく紅音にバレないようにしてほしい」と個別メッセージでお願いしてたので多分大丈夫なはずだが……。  ドキドキしながら「そ、それより、そろそろ行こうか」と誤魔化せば、紅音は白い目を向けてきた。 「……善家、お前本当嘘吐くの下手すぎだよな」 「う、違うよ、でも大丈夫! 今度は遠距離というか、俺に何かあったときに連絡するようにしてるから……」  というのも、ノクシャスが側にいるからというのもあるが。 「まあ、それならいいけどさ。……んで、今回完全にお前に任せっぱなしだったんだけど、いいの?」 「うん、大丈夫だよ。……けど、そろそろ行こうか」 「行くって」 「バスだよ、紅音君。専用のお迎えバスがあるんだ」 「お迎えバス……?」と怪訝そうにする紅音の腕を引っ張り、「いいからいいから」とそのまま俺たちは駐車フロアへと降りることになった。  パニッシュメント・パークには専用のバスがある。本来ならばお得意様だったり所謂VIP限定なのだが、今回はノクシャスの伝手により用意してもらえることになったのだ。  それも、厳重な警備と装甲を兼ね揃えたそれは最早戦車のような厳つさがあるが、この地下世界の車両というのは地上の一般車両とはまた別の仕組みのようだ。  駐車フロア、用意されていたバスへと向かえば待っていた運転手の男がいた。軍服にも似た制服姿の男は俺たちの姿を確認するとそのまま扉を開いた。  貸切状態の広い車内、俺達は後部座席のソファーに腰をかける。俺もこんな豪華なバスと思ってなかったので、正直驚いていた。 「うわ、わ、ふかふかだ……」 「なに、今からどこ行くんだ? ……てか、貸し切り? お前が貸し切ったのか?」 「まあまあまあ……着いてからのお楽しみということで」 「お前、そればっかじゃねえかよ善家」 「だ、だって……紅音君に楽しんでほしくて……」 「…………心配になってきた」 「な、なんで……?!」 「善家、変なところで大胆だからな」 「そんなことないよ」  なんて言い合いしつつ、乗務員らしきスタッフの人が用意してくれたジュースを受け取り、天井部分から降りてきたシアターに映し出される映像を眺めてプチ映画館気分で時間を過ごすことになる。  シアターに映されたそれがよりによってスプラッター映画だったのでやや具合が悪くなりつつ、気付けばあっという間にパニッシュメント・パークに着いたようだ。  閉め切られた窓からは一切何も見えなかったが、目的地を知らせる放送とともに停まるバスに俺達は顔を見合わせる。 「なにパークって? 遊園地?」 「うん、そうだよ。ほら、こっちこっち」 「おい善家、足元気をつけろよ」 「う、うん……わ、紅音君も気をつけてね」  なんとかバスから転がり降りた俺は、目の前に広がる光景を見て息を飲んだ。  黒と白、そしてオレンジが基調となったポップな装飾が施された門、そしてPNPのマスコットキャラクターである黒いふわふわの毛玉もとい『アビズ丸』が門の前で子供たちにタコ殴りにされていた。  園内スタッフは全員刑務官を模したコスチュームを身に着けているようで、にこやかな笑顔とともに客を門へと手錠を繋いで送り届けてる姿はなかなか異様である。  そしてその門の奥、聳え立つのは巨大な箱型の施設だった。  外側からはコンクリートの塊しか見えない、けれど相当大きなその箱を見た瞬間まさに『要塞』という言葉が頭に浮かんだ。 「……っ、ここが――」 「パニッシュメント・パークへようこそ」  ぼんやりと呆けた顔で施設を見上げていたときのことだ。いきなり背後から聞こえてきた声に心臓が停まりそうになった。  振り返ればそこには一人の男?……が立っていた。  さらりと伸びた白髪と負けないくらい白い肌、真っ黒な制服がやたら映える人だと思った。  因みに男が疑問形なのは一瞬綺麗な女の人かと思ったからだ。が、その疑問はすぐに確信へと変わる。 「君たちが今回の特殊刑務官だね。お噂はかねがね聞いてるよ。僕はここの副看守長を努めさせていただいてるシェイムレスだ。――シェムと呼んでくれ」  耳障りのいい低く柔らかな声。そして目の前までやってくると思ったよりも大きくてつい見上げる形になる。 「シェムさん……あの、今日はお世話になります」 「……よろしくお願いします」  求められるがまま握手したあと、少しだけ間を置いて紅音もシェムと握手をする。警戒してる顔だった。  それに対して気を悪くするわけでもなく、くすりと微笑んだシェムさんは「こちらこそ」と囁いた。 「とはいえ、今回僕がさせていただくのは最初の案内と支給品の配布くらいだけど。……これは君達の制服だよ。あちらに更衣室があるから着替えるように」 「え、あ……ありがとうございます」 「そっちはトレッド君の分だね」 「……うす」 「着替えたらまたここにおいで。他にも渡すものがあるから」 「わ、わかりました! いこ、紅音」  ここから先は俺も未知の体験だ。まさかここまで本格的なんて、と少しだけウキウキしつつ俺は紅音の手をとった。  紅音はなんだか少しだけ驚いた顔して「おう」と俺についてきてくれる。 「制服だって、紅音君。本格的だね」 「いや……ってか、待った。ここってなんなの?」 「え? 遊園地だよ」 「遊園地って、こんな物々しい遊園地……いや、こっちならあんのか」 「はは。俺も最初ビックリしたけど、色々調べたらここが良さそうだったんだ。……それにしても、副看守さん……? が俺達のこと案内してくれるとは思わなかったけど」  もしかしてノクシャスの知人なのだろうか、どちらにせよ初心者二人だけだと少し心許なかったので安心する。 「それにしても、あの人綺麗な人だったね」 「……そうかぁ? なんか胡散臭そうだったけど」 「な、く、紅音君! それ本人の前で言っちゃ駄目だからねっ!」 「言わない言わない。……それに、なんけ嫌な感じするんだよな。……なんだろ」 「……嫌な感じ?」 「お前の正反対。……ま、ここのやつらなら皆そうか」  それは褒め言葉なのか。  なんとなく微妙ではあるが、取り敢えず制服に着替えることにする。厳重なロッカーに荷物を預ける。連絡用タブレットまで預けるべきなのか少し迷ったが、破損や紛失の可能性があるのかもしれない。それに、なにかあったときはノクシャスや無雲もいるか。  俺は小型の通信機のみ念の為制服のポケットに仕舞った。そして、襟を上まできっちり締める。 「う、うおお……非日常感だ……」  そしてかっちりと着込んだそれを鏡で眺めてると、後ろから紅音が覗いてきた。鏡越し、じっとこちらを見つめてくる紅音。 「……? ど、どうしたの?」 「……良平、お前似合わないな」 「……っ、わ、わかってるよ……っ! というか紅音君も早く着替えなよ……っ!」 「はは、怒んなって。俺、こういう固っ苦しいの苦手なんだけどなー……」  言いながらも上着を手に取りそのままインナーの上から羽織る紅音。分かってるのだ、着る前から。紅音がこの制服が似合うということは。  そのままゆるく前を留め、ベルトを締め直した紅音は備品の手袋をそのままポケットに突っ込む。 「ほら、行くぞ」 「……」 「善家?」 「……俺も鍛えようかな」  じ……と看守服姿の紅音を目に焼き付けてると、「俺も付き合うぞ」と紅音はからりと笑う。  この爽やかさも相まり俺は言いしれぬ敗北感に襲われつつ、俺たちはシェムさんの元へと向かうことになった。

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