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第19話※

 ――自宅、自室。  酷く久し振りに帰ってきた自室は、最後に見たときとなんら変わりなかった。  異常があるとすれば、間違いなくこの男の存在だろう。  花戸成宗は俺の部屋に当たり前のように居座っていたのだ。リビングで母親に用意させたらしい水の入ったグラス、それが乗ったトレーを部屋のテーブルに置き、花戸はベッドに横になっていた俺を覗き込んでくる。 「ようやく、目の焦点が合ってきたみたいだね」 「……っ、……」 「無理して動かない方がいいよ。さっきは少し強めにしちゃったから、体の筋の方に負担がかかってるだろう?」 「……なにが、したいんだ」  お前は、と声を絞り出す。  すると、花戸は薄く微笑んだまま汗で張り付いていた俺の前髪を撫で、指で弄ぶ。 「なにって、言ったじゃないか。ずっと君の元気がなかったから、気分転換だって」 「……」 「ずっと帰りたかったんだろう? ここに」  優しい声とは裏腹に、花戸の本心が霧がかったように見えなかった。  けど、間違いなくわかることがある。  牽制のつもりなのだろう。先程の花戸の態度からして、花戸は俺に知らしめようとしたのだ。  ――お前の母親のことなどいつでもどうにでもできると、そう言うかのように笑うのだ。  いつ、どこで母親の名前を知ったのか。そのことを聞くことすら気分が悪かった。俺と同じように郁の友人を名乗って、俺がいない間にこの家に訪れていたのか。  この男は何でもすると分かっていたからこそ、考えたくなかった。  ずっと休んでるつもりはなかった、体を起こせば「もう動ける?」と花戸が声をかけてくる。そして、そっと背中を撫でようとしてくるその手を振り払った。 「……っ、触るな」 「はは、……そんな元気が出たんだったらよかったよ。けど、そういう態度は二人きりのときだけにしようね」  その言葉に、ずきんと首筋が焼けるように疼いた。声も柔らかく、表情も笑っているが、その言葉の中身は脅しだ。  余計な真似をするなと暗にこの男が言っているのだと理解すれば、何も答えることができなかった。  これからどうすればいいのか、ようやくあの部屋から出て家まで帰ってこれたというのにまるで逃げ道が見つからない。  せめて、この首輪を操作するリモコンさえ奪うことができれば……。 「ああそうだ、これ、陽子さんに用意してもらったから飲んでおきなよ」 「……っ、いらない」 「水分補給は大事だよ。……感電したとき体内の水分も奪われてしまうからね」  言われて、口の中が乾いていることに気付く。  けれど、いくら母親が用意したとはいえどこの部屋まで運んできたのは花戸だ。また何かが入ってるかもしれない、そう考えると飲む気にもなれなかった。  無言で首を横に振れば、花戸は困ったように眉を下げた。 「飲めないなら俺が口移ししてあげようか」 「……っ、やめろ。……飲む、から」 「遠慮しなくてもいいのに」  くす、と小さく笑う花戸に背筋が震える。この男なら本気でやりかねない。この男に口移しされるくらいなら、毒が混ざってようと自分で飲んだ方が遥かにマシだ。  そうグラスに手を伸ばし、グラスを落としてしまわないように恐る恐るその中の水を喉に流し込んだ。  軽い炎症のように火照った体に、冷水は染み渡った。  それから俺がゆっくりと水を飲み干すのを見ていた花戸は、そのグラスが空になったのを確認して「それじゃ、下へ降りようか」と口を開いた。 「間人君もお兄さんには会いたいだろう?」 「……ッ、なに、を……」 「それに、俺も改めてあいつに報告することがあるからね」 「ようやく君と一緒になれたって報告」そう幸せそうに、蕩けたような目でこちらを見つめてくる花戸に背筋が凍った。  兄の仏壇は一階の和室にある。一緒に父方の祖父母の仏壇があった。  嫌だ。あそこにこの男が行くのは嫌だった。死んだあとでまで兄の、我が家の仏間をこの男に踏み荒らされるなんて。  俺がいないときに既にきていたとしてもだ、それでも訳が違う。  いやだ、と伸びてくる手を払いのけようとするが、花戸は「いいから」と俺の腕を掴んでくるのだ。強い力で引っ張りあげられる体。すぐ顔を上げれば、鼻先に花戸の顔があった。 「これは大事なことなんだよ、間人君。俺が君と改めてちゃんと家族になるんだって、君のおじいちゃんやおばあちゃんにもお知らせしなくちゃいけないんだ」 「ぉ、お前は……っ、おかしい、誰が……ッ」 「言ったじゃないか、昨夜あれほど。俺のことをこの口で、可愛い声で、お兄ちゃんって」 「……っ、ぅ、や、め……ッ」 「もう忘れたの?」と花戸の指が唇に触れ、くにくにと唇を揉むのだ。やめろ、と続けるよりも先に、小さなリップ音を立てて唇を吸われた。そして、腰を抱いたまま花戸は微笑むのだ。 「言うこと聞かない子はどうなるんだっけ?」  そして、首輪の遠隔リモコンを手にした花戸に全身が凍り付く。背筋がぴんと伸び、そのまま動けなくなる俺に花戸は「それじゃあ、行こうか」と再び微笑みかけてきたのだ。  ずっと、心臓が痛かった。電流が流れたときの血管に掛かるあの圧、それが押し寄せてくる瞬間全身の血管が耐えられずにハチ切れるのではという恐怖が既に俺の体、そして細胞に植え付けられていた。  階段を一歩ずつ降りていく。  二人分の足音が響き、俺は背後からついてくる花戸の存在がただ嫌で、嫌で、たまらなく嫌で、このまま少しでも足を滑らしてしまえば頭を打って死んでこの男から逃れられるのではないだろうか ――そんなことを考えてしまった。  心と体がまるで噛み合わない。  この男を拒絶したい脳と、この男に逆らうなと危険信号を発する体。どうすることもできず、俺は花戸に従って一階にまで降りてくることとなる。  そして階段を降り、立ち止まる俺に後ろからついてきた花戸は「道、わからなくなったの?」と優しく笑いかけてきた。 「……こっちだよ、侑も間人君に会えるのを待ってるよ」  固まる俺の肩を抱き、花戸はそう微笑んだ。  ずっと暮らしてきた家の間取りを忘れるわけない、それよりもこの男が仏間の場所を把握していることがただただ気持ち悪くて、吐き気がして、口の中の粘膜にじわりと唾液が滲む。  ――冷や汗が止まらない。  花戸の手を振り払いたかったが、向けられた目に見据えられると最早その手を振り払う気力すらも沸かなかった。  またあの電流の痛みを浴びさせられるくらいなら、これくらいなら我慢した方がまだいい。そんな風に思考が塗り替えられていく自分に気付いたとき、背筋がうすら寒くなった。  ――自宅一階・仏間。  家族団らんのためのリビングの隣の和室、襖で締め切られたそこを開けば懐かしい香りがした。 畳の匂いと、線香の匂い。それに混じって背後の花戸の甘い香りに脳の奥がじんわりと熱くなる。  ――頭が拒否している、この男がここの部屋に入ることを。 「どうしたの、間人君」 「……っ」  肩を撫でていた手が、そのままするりとマフラーの下、首輪をハメられた首筋に触れた。  そのままつうっと血管の凹凸を人差し指でなぞられれば、触れられた皮膚が熱く引っかかれたように熱くなる。 「早く行きなよ」  郁が待ってるよ、と優しい笑顔と裏腹にその声は酷く冷たく辺りに響いた。  ――本当に吐き気がする。  今すぐにでも逃げ出したかった。この男をこの神聖な場所に入れたくなかった。  俺は、自分のためだけにこの男をここに連れてくるのか。 「……ッ」  それだけは、駄目だ。やっぱり出来ない。  そう、背後の花戸を見上げたときだった。首に巻きつけられていた首輪の内側から無数の太い針が内側へと突き出す。そんな激痛に襲われ、叫びそうになったとき、それを予測してたかのように花戸は手で俺の口を塞いだのだ。 「ッ、――う゛、ん゛ん゛ッ!!」  先程よりも長い。ほんの数秒のことだった。それでも皮膚の下、神経を高熱で炙られるような強烈な痛みが全身に伝達され、俺は全身を痙攣させたまま蹲りそうになる。それを抱きかかえたまま、花戸はいつの間にかに手にしていたリモコンのスイッチから手を離した。  首輪からの電流が収まったあとも暫く、感電したかのように全身には電流が流れていた。ビクッビクッと小刻みに痙攣する体を抱きかかえたまま、花戸は微笑む。 「……おっと、大丈夫かい? 間人君」 「ハ……ッ、が……ッ」 「あまり無理はしない方がいい。……ご両親を悲しませたくないのならね」  ――それは、脅迫のようにしか聞こえなかった。 「ちょっとそこを借りようか」なんて笑いながら俺の体を抱えた花戸は、そのまま強引に仏間へと踏み込むのだ。  触るな、降ろせ――そう言いたいのに、半開きになったままの口からは声を発することはできない。浅い呼吸を繰り返し、とろりと溢れる唾液を花戸は指先で拭ってはそのまま自分の口元へと持っていくのだ。  仏間の奥、来客用の座布団は母親が用意したのだろう。そこに俺の体を横たわらせた花戸は、横になった俺の横に膝をつく。そして、汗や涙でぐっしょりと濡れた俺の顔面をそっと優しくハンカチで拭っていくのだ。  この手を今すぐ振り払いたかった。それなのにまだ体に感覚が戻っていなかった。 「ごめん、意地悪し過ぎちゃったね。……君を泣かせたかったわけじゃないんだ、本当だよ」 「……、……」 「ただ君が、……うん、俺を拒もうとするのがショックでね。まだ俺のことを家族と思ってくれないんだって、ちょっと大人気ないことしちゃったね」  ごめんね、間人君。と、ちゅ、と花戸は前髪をかき上げ、こちらを覗き込むようにそっとその額に唇を押し付けてくる。  額だけではなく、そのまま涙の溜まった目尻や頬、そして唇を軽く吸われ、全身がぴくりと震えた。 「……っ、ぁ……ッ」  やめろ、と言いたいのに筋肉が突っ張ったように緊張した体は痺れたまま思い通りに動かすことが出来ない。薄く開いた唇をこじ開けるように赤い舌を這わされ、咥えさせられる。 「……っ、……ぅ……」  ぶら下がる照明の下、覆いかぶさってくる花戸を押しのけようとなけなしの力で花戸の胸を押し返そうとするが、見た目よりも硬いその体はびくともしない。それどころか、やんわりと手首を掴まれたまま畳の上に押し付けられ、血の気が引く。 「ふー……っ、ぅ……ッ!」  歯列をなぞり、頬の裏側から上顎までねっとりと隈なく舌で舐られる。直接塗りこまれるような煙草の苦みに涙が滲み、下腹部がびくりと跳ねた。  次第に麻痺も薄れていき、自分の体という感覚が戻ってきたと同時に今度は執拗なキスに体を、脳を支配されていくのだ。  遺影で微笑む兄や祖父母の前で、この男に唇を奪われ、体を弄られる。  ――これほどまでに最悪なことがあっただろうか。 「……っ、う、や、めろ……ッ」 「ああ、あまり声出さない方がいいよ。……隣の部屋にいる君のお母さんに聞こえちゃうかもしれないからね」 「……っ」 「それとも、俺達がこんな関係だって教えたいって言うなら俺は構わないよ」  そう微笑みかけてくる花戸の目は笑っていなかった。首輪の金具に指をかけるように引っ張られ、そのまま頭を軽く持ち上げられた状態で開いた喉の奥まで舌をねじ込まれる。  ぢゅぷ、ぐぷ、と音を立てて舌伝いに流し込まれる唾液を拒むことなどできなかった。絡め取られた舌同士の粘膜を重ね合わせるように擦られ、啄まれ、性器に見立てて執拗に愛撫される。  脳の奥まで深く犯されていくような感覚に全身が震えた。  ふざけるな、今すぐにでもこの舌を噛みちぎってやれ。そう頭では思うのに、体が花戸を受け入れようとする。 「……っ、は、むぶ……ッ」 「……っ、そうそう、間人君。君は本当に賢くて、いい子だね」  やめろ、違う。こんなことしては駄目だ。  熱と痛みで疲弊しきった体では花戸に敵うことなんてできなかった。嫌だ、やめろ、そう花戸の胸を押し返そうとするが、喉の奥、舌の付け根を舌先で擽られれば閉じた喉はぐっぽりと開き、花戸の舌を招き入れようと体勢を整えるのだ。 「……っふー、ぅ……ッ」 「かわいいよ、間人君。……もっと、君の大切な人たちに見せてあげないとね」 「俺と君の絆を」胸に這わされる手に、柔らかく胸筋を揉まれ呼吸が浅くなった。やめろ、と身を捩ろうとすれば首輪に電流が流され「ぅ゛ひっ」と奥歯が擦れ、全身が凍りついた。  花戸は笑っていた。そして、俺が動けなくなるのを見て再び胸を弄るのだ。 「間人君、なんで泣いてるの?」 「……っ、ふー……っ、ぅ……」 「せっかくずっと会いたかった郁に会えたんだから、ほら、もっと嬉しそうな顔見せてあげないと」 「……っ、ぁ、ふ……ッ」  少しでも逆らえば微弱の電流を流される。  先ほどの激痛までとは行かなくても、自分の体の中に痛みは蓄積されていく。何度も電流を流され、全身の神経は鋭利なほど過敏になっていた。それはもう、少しの電流だけでも俺の意識を奪うには十分なほどに。 「……っ、は、ぁ……ッう、……ッ」  殺せ、いっそのこと、二度と目を覚まさないくらいの強い電流で全神経焼ききってくれ。  あまりの屈辱と悔しさすらも電流であやふやにその形を失いつつある。なぜ俺はここで花戸に抱かれているのかもわからなかった。  シャツの上から乳首を噛まれ、その痛みに既にぬるぬると濡れていた下着の中で熱が広がる。射精と絶頂の見分けもつかない。なぜ自分が射精しているのかもわからない。笑う花戸に下着を脱がされ、理由もわからぬままやめてくれと手を伸ばそうとしたところに電気が流れて俺は声にならない悲鳴を上げた。隣の部屋からは母親が見ていたドラマの声が聞こえてくる。たのむ、だめだ。やめてくれ。押さえつけられた体を動かすこともできないまま、花戸は俺の脚を掴んで持ち上げるのだ。 「侑に見ててもらおうか、俺と間人君が仲良しなところを」  この男が何を言ってるのかもう俺には分からない。やめろ、と声をあげようとするのを近くにあった来客用の座布団を手にした花戸に顔面へと押し付けられる。  視界が暗くなったと同時に、開かれたままの足の間に恐ろしく熱いものを押し付けられた。あ、と思った次の瞬間、捲られた肛門に花戸の性器が挿入されたのだ。 「――ふ、ぅ゛……ッ!!」  瞬間、その瞬間だけ自分の脳と体が噛み合った――ような気がした。

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