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第18話
何故、こんなことになっているのだ。
目の前に立つ母親の顔がぼやけて見える。まるで、悪い夢を見てるようだった。
「間人君?」
肩を叩かれ、耳元で名前を呼ばれた瞬間背筋が凍りつく。手を振り払おうとした手を母親に見えないよう廃語で掴まれるのだ。
「ほら、忘れ物……ついでだから探すんじゃなかった? それとも、先に会ってくる?」
「あ、うって……」
「もちろん、君のお兄さんに決まってるだろ」
「いくら受け入れられなくても、手くらい合わせないと郁もきっと悲しむから」と寂しそうに眉尻を下げる目の前の男に吐き気が込み上げてきた。汗が止まらない。
言葉を返すこともできなかった。
――この男は。本当に。
「間人……? 大丈夫?」
そんなとき、母親に声をかけられ辛うじて自分を保つことができた。
今すぐにでも助けを求めたかった。この男を家に上げるな、そう言ってやりたいのに。頭上に突き刺さるその視線に、その先を実際に口にすることはできなかった。
人殺しを家に上げるなんて冗談でもない。けれど、この男は。
「瑤子さん、間人君はまだ……その、現実を受け入れることができないみたいで」
「花戸さん」
「僕の方から声をかけておきますので、僕たちにはお構いなく中でゆっくりされててください。……あとは僕が見ておきますので」
人の母親の名前を呼ぶな。慰めるように母親の背中に触れる花戸を見た瞬間吐き気が止まらなかった。やめろ、と花戸の腕を掴もうとした瞬間、首筋、顔面から脳髄に掛けて細く鋭い無数の針に内側から滅多刺しにされるような激痛が走った。
「ん゛ッ、ぐ」
堪らず膝を付き、首を抑えたまま踞れば「どうしたんだ?! 間人君!」とわざとらしく声を上げた花戸が駆け寄ってくる。丁度家へと戻ろうとしていた母親も「間人?」と不安そうにこちらを見ていた。汗が、全身から汗が吹き出る。
電流のショックか、全身の細胞がいかれてしまっているのではないかというほどの痛みに動くことができなかった。
そんな俺の元に駆け寄った花戸は、そのまま「まだ本調子じゃないんだから無理はしないで」と母親に聞こえるように声をあげる。
そして。
「……瑤子さん、すみません。先にちょっと間人君を休ませてもいいですか?」
「え、ええ……」
「間人君、大丈夫? ほら、僕の腕……掴んで?」
「っ、……ッ」
脱力した体をものすごい力で引き上げられる。まだ体内に、皮膚に電流が残っているような感覚があった。それでも花戸はそれに構わず、俺の体を抱えたまま玄関を上がっていくのだ。
おろおろと心配そうに見てくる母親に、花戸は「水、用意してもらっていいですか? すぐに取りに行くので」と声をかけるのだ。母親はこくこくと数回頷き、そのまま奥のリビングの方へと向かった。
そんな母親の後ろ姿を一瞥し、花戸は俺を抱えたまま階段を上がっていく。
「いいお母さんだね」
「……ッ、だ、まれ」
「けど、君とは似ていない。郁は瑤子さん似だったみたいだけど」
「か、あさんに、妙な真似をするな……ッ!」
声を絞りだそうとするが、ちゃんと声になってるかがわからなかった。掠れた声で吐き出せば、花戸は俺を見つめる。
「……安心して。俺は君以外どうでもいい、どうなってもいい」
嘘じゃないよ、と俺の頭を撫でる花戸。その視線が、指が気持ち悪くて今すぐにでもこの腕から逃げ出したかった。階段から落ちてもいい、それでもいいから逃げ出したかったのに全身の萎縮した筋肉ではままならなかった。
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