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第17話

「は……」 なんで、どうして。 理解が追いつかなかった。車窓の外に見慣れた景色が映し出されてからまさかと思っていたが、そんなはずがないと思っていた。 「降りなよ、間人君。それとも、一人じゃ降りられないなら俺が手を貸そうか」 「な、んで……ッ」 「なんで? 気になってたんだろう、家のこと」 寧ろ何故そんなことを聞くのかと不思議そうに小首を傾げる花戸だったが、やつは動けないでいる俺の首元、そのマフラーをそっと締め直すのだ。 「……それに、改めて君のご両親には挨拶に行かないといけないなとは思っていたんだ」 「ああ、勿論侑にもね」と思い出したように付け加える花戸に背筋が震えた。 怒りとも違う、理解できない事象を前にしたときのような足が竦むような感覚だ。 逃げるなら今しかない、そんな俺の思考を読んだ上での行動なのか。 だとしても、この男が何を考えているのか分からない。 さあ降りて、と優しく腕を引かれる。 嫌だ、帰りたくない。そうほんの一瞬でもそんな考えが過ぎってしまう己に余計混乱する。 ――理由は分かっていた。この殺人犯を自宅に上げたくない。 それでも、花戸はそんな俺を優しく諭すように「大丈夫だよ」と口にする。 「君はただ俺の横にいてくれるだけでいいんだから」 「……っ」 「ずっと無断外泊してたんだ。君のお父さんもお母さんもとても心配してたから少しは怒られるかもしれないけど、ちゃんと俺の方から伝えていたから――だから、大丈夫だよ」 この男は何を言ってるのか。 ずっと連絡を取っていた?……誰と? 理解したくない。脳が拒否する。固まっていると、自宅の扉が開いた。そして現れた母親の姿を見て血の気が引いた。 車の前に立っていた花戸を見るなり、母親は「花戸さん」と頭を下げるのだ。 その姿を見て頭の中が真っ白になる。 何故、母と花戸が既に知り合いなのか。 「すみません、遅くなって。……ほら、間人君も挨拶しないと」 「……っ、ぁ……」 「すみません、間人君朝からこの調子で……緊張してるみたいですね」 車から引きずり降ろされ、母親の前までやんわりと背中を押されるような形で歩かされる。 久し振りにあった母親は、最後に見たときよりも更に痩せ、小さくなったような気がした。 俺の顔を見て、「間人」と名前を呼ばれてびくりと肩が震える。 昼下がりの見知った住宅街、生まれたときから暮らしてる実家の前。目の前にはずっと気にしていた家族がいて、それなのに俺はたった一つの異物のせいでこの見慣れた光景すらも歪んで見えた。 違う、異物はもう一つ――俺の隣にいる男と、俺だ。 「おかえりなさい、間人」 「……っ、……」 「間人君、大丈夫?」 そっと後ろ手に手を握られ、背筋が凍りついた。 窄まった喉から声を出すこともできなかった。暖かな日差しすらも責め立てるように鋭く突き刺さり、ぐらぐらと視界が歪む。 どんな風に家族と接していたのか。どんな顔をして家族と過ごしていたのか。 まるで今までの自分が思い出せなかった。 花戸から逃げ出して実家へと戻ってきた暁にはすべてを伝え、助けを求める。そう思っていた、それだけを希望にしていたのに実際はどうだ。 「……た、だいま……」 変化を悟られないように笑おうと引きつった顔面の筋肉が軋んだ。 そして、理解してしまった。 今まで他人の悪意など無縁でのうのうと生きてきた今までの自分は、あのとき既にこの男に殺されていたも同然だったのだと。

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