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ep.1 During one's life,

 全ての始まりは、友人の仲吉爽の一言だった。 「準一、肝試しに行こうぜ」  それは夏真っ只中のことだ。  数本のホラー映画のDVDを手土産に俺の部屋にやってきた男は、名前に違わぬ爽やかな笑顔で持ち掛けてくる。  ああ、また始まった。と、思った。高校の時からの悪い癖、いや、ここまでくれば最早病気なのだろう。 「肝試しってお前……またかよ」 「違う違う、今度はまじなんだって! ちゃんと出るっぽいんだよ、ネットとかでも調べたし!」  言いながら、どこから取り出したのか雑誌のページを開いたやつは、それをテーブルの上に広げる。  そのページには禍々しい赤い文字で、『夏本番!曰く付きのマジでヤバイ心霊スポット特集』となんとも胡散臭い見出しがバーンと書かれている。見るだけで頭が痛くなる。雑誌から視線を外した。 「一人で行け」 「なんでだよー! いいじゃん行こうぜ! 今まで一緒に来てくれたじゃん!! なーいいだろ? 行こうぜー!」  いいながら、仲吉は雑誌を手に取り俺にぐいぐい押し付けてくる。  なにが一緒に来てくれただ、毎回毎回朝っぱらから押し掛けて人が寝惚けているところを毎度強引に拉致っていたくせに。 「しつこいっ」 「あぁっ!」 「それ、何回目だよ。つーか、この前撮った写真の現像はどうなったんだ。『今度こそ本物だって!』とか言ってたトンネルの写真の現像は!」 「……うっ」  先週の出来事を思いだし、落ち着きかけていた怒りが込み上げた。  噂の悪霊渦巻くトンネルでは百発百中心霊写真が撮れるとか言って俺を連れて回したくせに、それ以来そもそもトンネルなんて知りませんて顔して遊びに来やがって。  どうせ心霊写真もただの風景写真だったのだろう。都合が悪くなったら露骨に態度が変わるのでとても分かりやすくて助かる。  ……そんなことは当たり前だ、この世に幽霊なんているはずがないのだから。  仲吉爽は、いわゆるミーハーな心霊マニアだった。  それもその手の雑誌やテレビを見ては興奮し、それらから仕入れた情報を実行したがるフットワークの軽い厄介なタイプの。  俺がこいつと知り合ってからもう何十回心霊スポットへと付き合わされたことだろうか。思い出せば出すほど頭が痛くなる。 「なあ、良いだろ? 頼むよ、お前しかいないんだって! 一生のお願いだからさ!」  泣きそうな声でそう俺に懇願してくる仲吉。この台詞ももう何度かわからない。お前の一生は何回あるんだと突っ込む気にすらなれなかった。  俺は心霊とかオカルトとかそういうものを信じていない。  ホラー映画もお化け屋敷も確かに怖いが、それでも一種の娯楽だと思っていた。  だから、何故そこまで仲吉が心を惹かれているのかというと謎だが……今ではもう諦めていた。  大の男がうるうると上目遣いで見つめてくる図は地獄に等しい。 「……で、そこにはなにが出るんだよ」  そして、先に俺が折れるのもいつもの事だった。  瞬間、水を得た魚よろしく仲吉は抱き着いてくる。 「準一ー! 流石俺の親友! 相棒! 最高のダチ!」 「本っ当お前は現金なやつだよな……」 「まあまあ、でも今回のは本当なんだって! 実際、最近ニュースでも騒がれてたし!」 「……ニュース?」 「ほら、さっきの……ここ! ここだよ、ここ!」  力づくで仲吉を引き剥がせば、やつはさっきの胡散臭いページを開き、それをテーブルの上に広げた。  しっかり付箋がつけてあるそこには、いかにもな廃墟の写真が撮られている。 「見ろよ、これ、やばくね?」と、仲吉は言いながらページに載っているとある写真を指差した。  そこにはどこにでもあるような蔦に覆われたいかにもな半壊した洋館の写真だった。そしてお決まりの、白い靄とそれを囲むかのような赤い丸。ただのレンズに入ったホコリかと思ってたがそれはオーブという心霊現象の一種らしい、俺も仲吉に教えてもらって知った。  インパクトとしては血塗れの落ち武者が写り込んでた病院の写真よりは《地味》ではあるが、それよりも俺が見たのはその廃墟があるという住所だ。ぼやかされているが、隣の県だというのはわかった。 「これって結構あんじゃねえの」 「だからさ、一泊しようぜ。旅行も兼ねてさ!」 「……いつ」 「明日!」  ……これももういつものことだ。まだ「今から!」とか言い出さない辺り成長したとも言えよう。 「……わかったよ。明日明後日なら休みだからな」 「よっしゃあ! ありがとう準一! 愛してるぜー!」 「はいはい」  こいつもしかして俺が仕事の休み取ってるの知ってて押しかけてきたんじゃねーかと思ったが、こいつのことだ。無理矢理休ませることもしただろう。  まあ、どうせ連休中は暇だしちょっとした旅行だと思えば気が楽だった。どうせ今度もハズレなのだろうから、山で温泉だ。どうせなら彼女と……なんて思うのだがそもそも彼女どころか職業柄女と縁のない俺からしてみれば考えるだけ虚しいことだ。  生まれつき、というか父親が目付きが鋭かった。母親もむしろ性格がキツそうな顔をしていたし(実際これが怒るとまじで怖い)遺伝か悲しいことに年頃の妹も目付きはそこらの女の子に比べて悪い。  それでも両親の血を色濃く受け継いだのは俺らしく、物心ついた時からこの目付きの悪さのおかげで「多々良君怒ってるの?」とか言われるわ、目が合っただけで「うわ、なんか睨まれたし、怖~~」とか言われる始末だ。人付き合いは元々苦手なのでそれが余計拍車掛けているのかもしれないが、中学くらいから身に覚えのない不良のレッテルが貼られていた。  しかし、成長期とともに身長が伸び、お陰でそのよくわからん不良レッテルは独り歩きし、気が付けば柄の悪い連中に絡まれ、喧嘩を売られ、それを適当にあしらおうとすれば必要以上にビビられその噂はでかくなるという……要するに悪循環だ。  周りから避けられ、こちらから勇気を出して話しかけてみてもその人間にまで不良たちに目をつけられることを考えたら必要以上の会話をすることも出来ないまま高校に上がり、そこで出会ったのが仲吉爽だった。  仲吉が俺に話しかけてくれたことが切っ掛けで、俺の学生生活は大分変わった。  街中で大きな荷物を抱えたおばあさんに「手伝おうか」と声を掛ければ逃げられたりもしたが、それでも、仲吉と仲がよかった連中は俺を普通に扱ってくれた。  俺は、なんだかんだ仲吉に助けられている。  消極的な俺を連れ出してくれるのはいつだって仲吉だった。感謝してもし切れない。たまにその横暴さにまじでブチ切れそうになることもあるが。  ……まあ、こんなこと、本人には死んでも言えないのだけれど。  ◆ ◆ ◆  翌朝。 「おい、仲吉、起きろ、朝だぞ!」 「んぅ……? んん……あと五分……」 「何があと五分だ! 旅行行くぞって言ったのお前だろ! たらたらしてたら夜になるぞ!」  寝惚けてしがみついてくる仲吉の頭を軽く叩けば、『旅館』という単語にハッとした仲吉は飛び起きる。 「旅行じゃなくて聖地巡礼だって言ってるだろ!」  そこかよ。  ともかく、俺達は早速身支度を済ませることになる。  仲吉のやつに至っては行く前提で旅行グッズまでご丁寧に準備してやがった。  一泊二日といえ、旅行は旅行だ。  それに、心霊スポット……あの洋館に入るためには山の中を歩く必要もある。登山となると中々荷物も嵩張ってくるわけで。  虫よけスプレーに懐中電灯。万が一電池が切れた時の予備に、途中で仲吉が腹が減ったと喚き出したときに大人しくさせるためのお菓子。  あとはカメラは仲吉が持ってきているだろうから突然雨が降ってきたときのための折り畳み傘と……絶対仲吉は持ってきていないだろうからもう一本持っていって、土砂降りになる可能性を踏まえてレインコートを……。 「って準一、そんなにいらねえだろ! つか、バッグいっぱいで破れそうだし」 「んなことねーだろ。大体、お前が軽装過ぎるんだよ。夏の天気は変わりやすいって言うし、今日も降水五十パーだし」 「本当お前は心配性だよな」 「お前が何も考えてなさすぎるんだよ」 「なんだよそれ、絶対お前が細かいんだって! ほら、そんときはそんときでまたどっかで買えばいいだろ? 早く行こうぜ」 「あっ! おい、勝手に持っていくなって!」  というわけで、俺達はマンションを出て、下に停めてある仲吉の車の元へ向かった。  本当、驚く程仲吉とはあらゆるところで気が合わない。  俺が和食がいいといえばあいつは中華が食べたいとかいうし、俺がこっちがいいと言えばあいつはあっちのがいいとか言うし。わざとか?と疑いたくなるレベルで気が合わないのだが、高校を卒業してもこうして一緒にいるのだから人間というのはよく分からない。まあ、気が合わないからこそ、こうしていられるのかもしれないが。  外は快晴。雲ひとつない真っ青な空の下に蝉の断末魔がけたたましく響いている。 「あ゛ぁー暑ィー」 「昨日よりも二度高くなるって天気予報で言ってたしな」 「まじかよー! でも、こんな日に海に行ったらサイッコーなんだよなー」 「なら洋館やめて海に行くか?」 「……お前ってなかなか意地悪いこと言うよな」 「迷ったのか?」 「まさか! 俺は有言実行、二言がない男だからな。もちろん山に行くぜ」 「……だろうな」  夏真っ只中、夏休みの子供たちがバタバタ走り回っているのを一瞥し俺たちは駐車場へ向かう。  それにしても、いつまでこいつとこうしていられるのだろうか。  大学に通い、よくわからないオカルトサークルと俺んちを行ったり来たりしてる仲吉。  親父が経営する建設会社に就職し、下働きとして日々淘汰してる俺。  仲吉がこの頃忙しい時期にあるというのは知っている。本人は至って相変わらずだが、それでも一般的な大学生なら俺たちの年齢なら就職活動やらで忙しくなってくるはずだ。  仲吉とはあまりそういった未来の話をすることはなかった。  でも、仲吉が就職して、通勤のためにどこか引っ越したりする可能性を考えると、こうして毎日のように顔を見合わせるのは今だけなのかもしれない。最近、そんな風に思うのだ。  仲吉が聞いたら「感傷的に浸り過ぎじゃないのか」と笑いそうだ。確かに、会う時間が減るからといって何が変わるわけではない。  それなのに、それを恐ろしく思えてしまうのはきっと、俺は自信がないのかもしれない。  このままでいられるという未来に。  仲吉の運転する車に乗り込み、しっかりと熱された車内に慌てて冷房をつける。そして仲吉は車を出した。 「今回泊るとこ、ちゃんと予約したんだろうな」 「大丈夫だって。つか、俺を誰だと思ってんの? 仲吉さんだぞ?」 「その仲吉さんだから言ってんだよ」  毎回旅館やホテルへの予約は交互にやっていたのだが、今回は言い出しっぺの仲吉にやらせていた。  前回二人なのに何故か三人で予約してたり間違えてスイートルームを予約してたりと、直前になってバタバタすることが何度もあったのでこいつの『大丈夫』は俺の中であてにならないことになっていた。 「ちゃんと準一が書いたメモ見ながら言ったら今度こそ大丈夫だって。それよりも準一、今回の旅館はすごいぞー最近建て変わった老舗旅館なんだけどどうやらその時に封鎖された一つの客室があってだな、そこではなんと数十年前、女が一人で泊まっていてさ~その次の日女将が朝食の準備が出来たと尋ねたところ女の姿はなく、机の上には『ありがとうございました』と書かれた紙だけがぽつんと残されてたんだ! そしてその次の日、近くの山の崖の下から女の死体が見つかったという……そのニュースを見た女将は真っ青になるんだよ。そりゃ、テレビには自分がもてなした女が映ってたんだからなぁ!!」 「……ふーん、結構設備も揃ってんだなー」 「って聞けよ!!」 「聞いてた聞いてた」 「どう? 怖くない? ゾクゾクするだろ?」 「なんというか……お前の声が煩かった。あとチラチラ横目で俺の反応見るのやめろ」 「んもーっ、準一の馬鹿っ! もう二度と教えねーからな!」  仲吉の用意した旅行雑誌を眺めつつ、俺は少しだけ考えてみる。どうせ今のやつの話は八割方デマだ。その封鎖された客室というのも蓋を開けてみれば壁が脆くなってるとか支柱がちょっとあれだから安全のため埋め立てようとかそういった理由からだろう。けれど、その二割の方だった場合……。  …………俺は、考えるのをやめた。 「準一って本当あれだよな、怖いのとかリアクションしねーよなぁ」 「お前だって映画で幽霊出てきたらめっちゃ笑いながら写メってるじゃん」 「俺はいいんだよ! ……やっぱあれかぁ、準一には夢がねーからそういうもんが分かんねえのかなぁ……」 「お前、さらっと失礼だよな……つか、いるかもわかんねーやつにビビる方がおかしい話だろ」 「ま、そうだけどさぁ……いや、幽霊はいるけどな!」 「お前いつもそう言ってるけど、仲吉だって一度も見たことないんだろ? よくもそんな信じれるよな」  仲吉のことだ、この手のいじりをされると『準一はわかってねえ!』と怒るのだ。それを少し期待してニヤニヤしながら横目で見てみれば、俺が予想していたものとは違う、妙な顔をしたあいつがいた。 「そうだよな。……まあ、正直な話、俺は信じたいから探してるのかもしれねーな」 「……」  なんだ、なんか、変なことでも言ってしまったのだろうか。そう答える仲吉の横顔が少しだけ、いつものアホづらと違うように見えて……つい口を閉じた。  信じたいから探す。なんか、昔もそんなやり取りをしたことがあるような気がする。 『信じたいから信じるんだよ。信じようとしなかったら、何も産まれるわけないだろ。当たり前じゃねーか』  あれは、いつのことだっただろうか。  仲吉が、変な輩に絡まれてるところを助けてくれたとき。  確か俺が、『どうして良くも知らない俺のことを味方してくれるんだ』とかなんとか言ったんだ。  その時、仲吉がそう答えたのを思い出す。  信じたいから信じる。  相変わらず滅茶苦茶だが、……やっぱりこいつのそういうとこは、嫌いじゃなかった。  余計なこと言ったな、と後悔したが今更謝る気にもなれなくて、俺は沈黙を紛らわすように音楽を流した。  …… どれくらい時間が経っただろうか。  見慣れた風景は既に通り過ぎ、山や海、緑が目につくようになってくる。  そしてさっきまであんなに晴れていた空は車が進んでいくに連れ、灰色に濁りだしていた。 「なーんか、やな天気だよなぁ……あんなに晴れてたのに」 「降るっつっても通り雨だろ。まあ、せめて夜は晴れてもらわないとな」 「そうだよなぁ。これじゃ、ただの旅行になってしまうし」  俺は最初からそのつもりなのだけれど、仲吉はそうではないようだ。  凹んだ仲吉はなかなか尾を引くので、やつの鬱陶しさを軽減するためにも晴れていていただきたいものだが……どうなることか。俺はティッシュで簡易てるてる坊主を作ってやれば、「おい、ゴミ散らかすなよ」と仲吉に怒られた。  そのせいでポツポツと空からは雫が落ちてきて、次第にその量は増えていく。……断じて俺のせいではない。と、思いたい。 「うっわ……やべぇ、やべぇってこれ。準一が下手くそなてるてる坊主作るからだろ! すげーゲリラきてんじゃん!」 「お、俺のせいかよ……!! お前だって雨男のくせに!」 「何をー!!」  なんてやり取りをしている内にも外の雨足は強さを増していくばかりで、俺達の喧騒すらその雨の音にかき消されてしまう。  終いには、濁った空を裂くように鳴り響く雷だ。 「うおお……一泊二日のプチ旅行……」 「いいじゃねえか。あの旅館には自殺した女の霊が出るんだろ?」 「その客室はもう潰されてるの!!」  どう違うのか。霊がいるんならいいじゃないかと思ったが本格的に仲吉のテンションが下がり始めているのがよくわかる。  ここまで分かりやすいのも困りものだな。  思いながら、俺は窓の外に目を向ける。目に入るのは緑、緑、緑。既に近くまで来ているのだろう、民家の数はそれ程ない。  雨の山ほど怖いものはない。それはもちろん、安全面の話だ。 「それにしても……やっぱこの辺はあんま家とかないな」 「逆に家がたくさんあってもあれだけどな。けど、旅館があるってことはそれなりに観光地としては働いてるってことだろ。ここらへん、バーベキュー場としても結構人気らしいし」 「そんな場所に心霊スポットねぇ……」 「あっ、全然信じてねーな、その顔」 「いや……心霊スポットとしても名があるのによくも人が来るもんだなと思って……」 「ここは正直、かなりの穴場だぞ。知る人ぞ知るってところだ。実際、事故とかも多発してたから最近は事故防止のために整備して、危ないところとかは立入禁止区域にされてるっぽいし」 「それで、その洋館の場所も……」 「ま、立入禁止区域だな」 「……俺、見つかって逮捕されるのは勘弁だからな」 「大丈夫大丈夫、そんときは俺が担いで逃げるから」  そう笑う仲吉。本当にやりそうなだけに笑えない。  今までも心霊スポットというだけあって廃病院に忍び込んでめっちゃ警備員に怒られたこともあったし、宇宙人がいるという山頂まで登って不法侵入で怒られたこともあった。  我ながら懲りないやつだと思うし、そんな危険を冒してまでやって行った先はなんにもなかったし、むしろ俺からしてみれば怒られることが怖いぐらいだが……今回はこの雨だ。  もし運良く雨が止んだとしても、山を登り降りするのは危険だろう。泥濘んだ土。万が一、足を取られれば、と思うが、楽しみにしてる仲吉を見てしまうとどうも強く出れないのだ。  そんなやり取りしている内に、次第に辺りの景色が変わる。  山だ。周りは木々に囲まれ、より一層暗くなっていた。  幽霊を見えることもなければ、霊感なんて以ての外。あるはずなんてない。精々寒いところに行けば鳥肌が立つくらいだ。  そんな俺だが、何故だろうか。山に入った途端、なんとなく背筋に無数の虫が這いずるような……そんな妙な寒気を覚えた。 「なあ、クーラー弱めていいか?」 「いいぜ。……まあ、雨で大分寒くなってきたし一回切るか」 「ん……あぁ、頼む」  仲吉はいつもと変わらない。……考えすぎなのだろうか。  いつもと同じ、変わらない、ただの小旅行と思っていたのに、少しだけ……胸の奥がざわざわと嫌に騒がしくなる。 「……雨、少しだけ弱まってきたな」  仲吉の言葉に、釣られて窓の外に向ければ、確かに先程よりも雨足が弱まっている。灰色の雲に、亀裂が入ってはその隙間からは光が差していた。  さっきまで土砂降りだったのに。  まるで、ここだけ区切られているようだ。あまりの天気の変わりようにそんな柄でもないことまで考えてしまった。……まるで、歓迎、されているようだ。なんて。 「準一のつくったてるてる坊主のお陰かもな」 「……お前、さっきまでボロクソ言ってたくせに……」 「あとはもう少しなんだけどなー、がんばれ! てるてる坊主!」  丸めたテッシュもといてるてる坊主もどきに仲吉が懇願する図はなかなか滑稽だ。  仲吉の願いが届いたわけではないだろうが、車が目的地に近づくにつれ、雨は弱まっているのがわかった。  それから更に数十分。山の中をさ迷っていると、「ほら」といきなり仲吉が俺に声をかけてくる。 「ついたぞ」  長時間のドライブにうつらうつらしていた俺は、仲吉の言葉にハッとした。「まじかよ」「まじで」そんな会話を交えながら、仲吉は砂利の敷かれた駐車場に入る。  微かに揺れる車内。俺は体を起こし、外を見た。   確かに、そこにはパンフレットで見たままのわりと小綺麗な旅館がどんと佇んでいた。

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