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「やればいいんだろうが、やれば!」
応接室内に響く南波の怒声。
そうそう、やればいいんだ。やれば……。
「……はい?」
「五分でも十分でも一時間でもしてやるよ! すりゃいいんだろうがすりゃあ!!」
売り言葉に買い言葉。好き勝手言いたい放題の二人に流石の南波も我慢出来なかったようだ。
……だとしてもだ、馬鹿にされて腹が立つ気持ちはわからないでもないがだからといってそれはおかしいだろ。
この人あれか、もしかしなくても余計な見栄張って自滅するタイプか。
「な、南波さん落ち着……」
「そういうわりに南波、貴方足が震えてるではありませんか」
「震えてねえ、だとしても武者震いだ!」
「へえ〜武者震いなあ。でも南波さん意外と根性あんのな! でもそーいうの無謀っていうんじゃねえの?」
「無謀じゃねえ!」
声まで震えてるじゃないか。
花鶏に噛み付く南波になんだか頭が痛くなってくる。対する花鶏と幸喜は完全に野次馬モードだ。楽しんでやがるこいつら。
「テメェらちゃんと五分キス出来たら約束守れよ。破ったら全員ぶっ殺すからな!」
ぶっ殺す前に自分を殺してどうするんだ。
いくら男に触られて血が出なくなったとはいえ、花鶏の言ったように俺と幸喜とでは反応が異なってくる。
さっき幸喜に触られたときの南波を思い出す限り、五分も保たないはずだ。確実に。幸喜の言う通り無謀極まりない。
二人ともそれを分かってて余計焚き付けて来るのだから余計質が悪い。
「貴方の方こそ大口叩いてますが、もし五分間我慢することができなければその首輪、二本に増やしますからね」
「おお、勝手にし…………は? 二本?」
「ちゃんと舌までずっぽり入れろよ、一回でも唇離したらアウトだからな!」
「……舌?」
「まさかここまで言っておいてやっぱりなし、なんてこと言いませんよね」
ほら、言わんこっちゃない。
案の定後出しで難易度を上げてくる二人に、南波の顔色がみるみるうちに青褪めていく。
可哀想だが、流石の南波もこれで分かっただろう。自分が二人に良いようにから誂われているということが。
「南波さん、やっぱり……」
この話はなかったことにしましょう、誰も幸せにならないので。
そう言いかけた矢先だった。ぐ、と歯を食いしばった南波がいきなり立ち上がる。
そして、いきなり目の前までやってきた南波は人の膝の上に乗り上げるように迫ってきた。
「っ、ちょ、な、南波さん……っ?!」
「だっ大丈夫です……いけます、大丈夫です」
口から出てくるその言葉は最早自己暗示に近い。
伸びてきた手に肩を掴まれ、こちらもまさか本当にするつもりなのかと青褪めた。
「大丈夫じゃないですって、南波さん絶対二人に騙さ……いッ、ちょっ、南波さ……うわ酒臭……っ!」
口が近付いて、鼻を吐くようなアルコールに慌てて顔を逸らせば、後頭部に回された手に無理矢理正面を向かされた。
「準一さん、すみません……その、嫌なら目ぇ瞑ってていいんで」
まずしないという選択肢はないのだろうか。
怖ず怖ずと顔を近付けてくる南波。
咄嗟に迫る南波の唇を手のひらで塞ごうとしたが、南波に無理矢理手首を掴まれ阻害される。
「ちょ、南波さんまじで……っ、んんッ」
そして俺の静止は虚しく、重ねられる唇に半ば強引に塞がれるのだ。
普段の粗暴な態度からは考えられないような、そぅと触れるような口付けだった。
恐らく、というか十中八九それは緊張からだろう。唇から震えが伝わり、それはこちらにまで伝播する。
「っ、な、んばさ……ッ、やめ、……ッん、ぅ……ッ」
やめましょう、こんなこと。
そう咄嗟に顔を逸してなにがなんでも中断させようとするが、南波は俺の後頭部を掴んで執拗に唇を重ねようとするのだ。力だけは強い。
「……ッ、ぅ、ん……ッ」
先程まで触れるだけだったキスは深くなる。
あまりの距離の近さに耐えられず、ぎゅっと目を瞑ったとき。冷たい舌が唇に触れ、全身が硬直する。そしてこじ開けられる口から直にアルコール混じりの吐息が流れ込んできた。
「ふっ、んぅ……っ!」
相手が女の子と思えば、なんて悠長なことは言ってられない。膝上にのしかかってくる重みといい、俺の手を掴むその骨張った手といい、どう努力しても女の子ではない。そしてトドメにはこの酒臭さだ。
唇をこじ開けて咥内へと侵入してくる舌先にぎょっとし、膝をばたつかせるがびくともしない。
それどころか。
「いやまさか本当にするとは思いませんでしたら」
「あははっ準一すっげえ嫌がってる!」
特等席で野次を飛ばしてくる完全に他人事の花鶏と幸喜。そうだ、こいつらが見ていたのだ。
「っ、ふ……ッ」
「南波さーん、ベロちゃんと入ってないよー。ほら根本までずっぽりいれなきゃ! ちゃんとしっかり絡ませて気持ちよくさせないと〜!」
「おや、お二人ともまるで盛りついた犬のようですね。……これは酒の用意をしておくべきでしたか」
せめて静かにしてくれ、なんて言葉を発することすらも許されない。幸喜に煽られたのが頭にきたのだろう、咥内の南波の舌は先程よりも執拗に俺の舌を捉えようとする。これ以上応える必要はない、と必死に首を振り抵抗しようとするが、南波には届いていないようだ。
顎を掴まれ、角度を変えられたと思えば更に深く侵入してくる舌に、奥へと窄めていた舌ごと絡み取られるのだ。まるで別の生き物かなにかのように絡みついてくる肉厚な舌。
南波が舌を絡めれば絡めるほどキスはより罰ゲームで済ませられるようなものではなくなる。というか、長い。
「っ、ぅ、んむ……ッ」
耐えようとすればするひど呼吸は浅くなり、窒息してしまいそうになる。
実際に窒息するはずはない、これは錯覚だ。そうわかっていても、体内の酸素が薄くなるような息苦しさが込み上げてくるのだ。俺でさえこれだ、南波の精神的苦痛はもっとだろう。
わざわざ南波が我慢してるのだから合わせてやった方がいいのか、それとも無理矢理離してやった方がいいのか。どちらが最善なのか考えてみるが答えはでない。というかこの状況自体が最悪なのだ。
本当に南波のためを思うなら、さっさと舌を受け入れて二人を満足させて終わった方がいいのだろう。……が、俺には男の舌を喜んで受け入れるような性癖は持ち合わせていない。
抵抗してキス損になるくらいなら、せめて南波の首輪が外れるよう我慢した方がいい。その代わりに大切なものを失うことにはなってしまうが、やむを得ない。そう結論出した俺は、もう南波の好きにさせることにした。
そう、恥を偲んで口を開いて自ら南波を受け入れようとしたその矢先だった。
「あ、なんか飽きてきた」
先ほどまで猿のようにはしゃいでいた幸喜はそんなことを言い出したのだ。
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