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花鶏に引き摺られ、幸喜とともに強制的に連行されるその途中、暗い崖下に置かれた菊の花束を見つけた。
その花束の中には先程、幸喜たちの手に渡った地図らしき紙が丸めるように入れられているのが見えた。どうやら、仲吉からの差し入れは俺の死体があった場所に置いてあったようだ。あいつらしい。
やはり後からでも地図を抜き取った方がいいのではないのだろうかと不安になったが、俺にそんなことをする暇はなかった。そして、結局もたもたしている内に俺たちは屋敷まで帰ってきてしまう。
――屋敷内、応接室。
引き摺られながら扉を潜れば、テーブルの上に足を乗せ、大きく伸びをしていた南波が出迎えてくれた。
「南波、お行儀が悪いですよ」
呆れたように花鶏は足置き代わりにされているテーブルをたたく。
注意され、ようやく俺たちに気付いたようだ、渋々テーブルの上から足を下ろした南波はそのまま足を組み直す。一瞬どこの暴力団事務所かと思った。
「具合はいかがですか?」
「なんか、……ここ数時間の記憶ねーんだけど」
「酒飲んで気を失ってたんですよ」
「通りで気分がいいわけだ」
そう応える南波はまだ酔いが残っているのだろうか。どこかダルそうだ。
「南波さんが大人しく待ってるなんて珍しー、いっつも『待て』する前にどっか行くくせに」
「っ……、お前らが逃げんなって言いだしたんだろ」
「まあそうですね、やれば出来るじゃないですか。よっぽど準一さんが怖いか、それとも懐いてるんでしょうね」
「人の行動を一々勘繰るんじゃねえよ」
先程まで大人しかったと思ったら、徐々に不機嫌になる南波。二人が南波を面白がってからかっているのが分かるだけになんとも言えない。
「口の方は相変わらずですが、まあよしとしましょう」
今にも噛み付きそうな南波を余所に、花鶏は南波の向かい側のソファーに腰を下ろす。そして、その隣に幸喜は飛び込むように座った。
「準一さんもどうぞおかけ下さい」
花鶏に促され、俺は残された席――南波の隣に腰を座る。南波がソファーの隅へと移動した。
……なんだ、このシュールな図は。
三者面談ならぬ四者面談だ。――それも、いやな予感しかしないタイプの。
「そんなに緊張しないでください。別に取って食うわけじゃないんですから、ほら肩の力を抜いて」
「はぁ……」
「もし南波が逃げていたら準一さんに首輪をつけて差し上げようかと思ったのですが、どうやらこれは必要無さそうですね」
脈絡もなく本題に入った花鶏は言いながら着物の袖から首輪を取り出す。
南波が付けているものと対になっているようだ、花鶏の手に握られた赤い皮で出来たそれを見せつけられ、ぎょっとする。
「な……」
「まあ、今回は色々事情がありましたからね。私も鬼ではありません、今回の件については目を瞑りましょう」
そうにこりと微笑みかけてくる花鶏。
助かったが、すでに俺用の首輪を用意してある時点で何一つ安心できない。
怯える俺を他所に、「それで、本題ですが」と花鶏は両掌を合わせる。その目は真っすぐにこちらを向いたまま。
「引き続き南波の面倒頼んでも良いでしょうか」
そして、そんな俺の心情を知ってか知らずか、花鶏は柔らかく俺に微笑みかけてくるのだ。
正直、拍子抜けした。今度はどんな無理難題を押し付けられるのかと肝を冷やしていただけに、余計。
それくらいお安い御用だ。というよりも花鶏から「もう大丈夫ですね」と言われるまでそうするつもりだった。
ここ数日南波と行動して分かったことだが、意外と南波は従順というか思ったよりも手のかからないことを知った。それに、強引に物理的な距離を詰めるような真似さえをしなければ対話できることまできるようになったし。
「それくらいなら」と快諾しようとしたとき、すぐ隣から上がった怒声によって掻き消された。
「おい、話ちげーだろ!治ったんだからこれ外せよ!」
――南波だ。
声を荒らげ、威嚇するように乱暴に机を蹴る南波に吃驚する。が、それもそうだ。幾ら俺が南波なら、と思ったところで南波からしたら冗談でもないだろう。
対する花鶏はそんな南波の癇癪に驚くこともなく、蹴りによってずれる机をそっと戻す。
そして。
「治った?はて、不思議なことを仰りますね」
「ああ、うるせぇな。ちゃんと見てんのか、こうやってじゅ……準一さんのことも見れるようになったし、いいだろうが!とにかくもう俺はいいんだよ。いい加減にこの邪魔くせーの外しやがれ!」
「へーー治ったぁ?どれどれ?」
目を離した一瞬のことだった。いつの間にかにソファーの背――南波の背後に立っていた幸喜は南波の両肩を掴み、背後からわざと顔を覗き込んでくる。
見ている俺まで驚いてしまう程いきなりのことだった。ぎょっと目を見開く南波。次の瞬間、ビクリと南波の全身が緊張し、みるみる内にその顔面から血の気が引いていく。よく見ると小刻みに震えているではないか。
南波の額からはだらだらと夥しい量の汗が流れる。
端から見てもわかるくらいには南波が大変なことになっていた。
しかし、一つだけ変わったこともあった。
「おお……血は出ませんね」
石のように硬直する南波を前に、そう感心するように呟く花鶏。
そう、前回ならばちょっと俺が触れただけでだらだら流血した南波だったが今それらしいものは出ていなかった。
「だろ?」と、南波。本人なりに強がって笑っているつもりなのだろうが、隠しきれていない声の震えと引きつった頬の筋肉のせいで逆に痛々しい。
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