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そして更に暫く時間は経過する。
南波の痙攣がようやく収まったとき、応接室の扉が開いた。
――藤也だ。
そのまま応接室の中へと入ってきた藤也は、俺の隣でぐったりしている南波を見るなり眉を寄せる。
「……なにこの血だるま」
そう一言。俺の横で気絶する南波を見て、藤也は露骨に怪訝そうな顔をする。その反応も無理もない。
「藤也ー! おかえりー!」
「……うるさい。で、なにこれ」
「南波が首輪を外してほしいって泣きついてきましてね、それで少々」
「……で、なんで準一さんまで血だるまなの」
そう汚いものを見るような冷めた目をこちらへと向けてくる藤也。
まだ汚れているのだろうかと慌てて口許を拭えば、俺の代わりに幸喜が「南波さんの返り血」と笑いながら答える。確かにそうだが。多分藤也はそれを聞きたいわけではないだろう。
「失礼します」
そのときだった。藤也が開きっぱなしになっていた扉から奈都が顔を覗かせた。
そして、藤也同様血まみれの俺と同じく肉塊と化した南波を見てぎょっとする。
「……って、なにかあったんですか?」
「南波が男嫌い治ったというので試してみただけですよ」
「俺でな」
「それは……お疲れさまです」
なにかを察され、憐れむような奈都の視線がただただ痛い。
そして藤也と奈都が戻ってきて、珍しく応接室には全員揃っていた。一人意識ないが。
花鶏の隣に座る奈都に、俺の隣に座る藤也。多少座り心地が悪いソファーだが狭くはない。男三人座ってもぎゅうぎゅうにならないソファーだが、こうして全席が埋まるとなんだか不思議な感じだ。
まるで、初めてここを訪れた夜のことを思い出す。
「奈都君たちが戻ってきたということは、どうやら事は済んだようですね」
改めて全員が揃った中、まず一番に口を開いたのは花鶏だった。それに対し、奈都は「はい」こくりと小さく頷く。
「一先ず救急車に乗せられるところまでは確認しました。……あとはもう、外の人たちに任せるしかないかと」
「お二人ともご苦労様です。二人とも動き回って疲れたでしょう」
「……本当無駄に疲れた。おまけにタダ働きだし」
「ふふ、そうでしょうね。私も貴方が手を貸してくださるとは思ってもおりませんでしたし」
「……」
花鶏に誂われ、藤也は無言でそっぽ向く。
当事者と言えば当事者だが、それでも少しは考え方が変わったのだろうか。真意は分からないが、そうだったらいいなとは思う。
樹海に放置されたの女性の遺体は花鶏が後で葬るということだ。俺も手伝うと言ったのだが「貴方は自身が回復することを優先してください」とのことだった。
そして。
「貴方も頑張りましたね、準一さん」
花鶏はそう、こちらへと微笑んだ。
その言葉に、そこでようやく俺は自分にできることをやり遂げたのだと実感した。
……そうだ、やれることはやったんだ。あの人のことを考えたところでどうにもならないとわかってる今、暗くなるようなことは考えたくない。後は野となれ花となれとはまさにこのことだろう。
達成感と同時に湧き上がる不安を堪えながら、はい、と頷き返したときだった。
「じゃああとはあれか。仲吉が来んの待つだよは」
そして、幸喜の言葉にぎくりとした。
本当にこいつは俺をリラックスさせる気はないようだ。隣に座る藤也の視線を感じたが、俺は敢えて気付かない振りをした。
……ああ、そうだ。決めたのだ、仲吉のことは我慢しすぎないと。
「久しぶりのお客様ですからね、大掃除して盛大に迎えましょう」
そんな俺の心情を知ってか知らずか、微笑む花鶏は幸喜同様どこか楽しそうだ。
そんなことしなくていいです、とも言いづらい。
そんな中、仲吉の話題で先ほどに比べいくらか明るくなる応接室内で約一名話題についていけてないやつがいた。
「……お客さんですか?」
聞き慣れない名前が飛び交い、不思議そうな顔をした奈都。そんな奈都に対し、花鶏は「ああ」と思い出したように手を叩く。
「あのとき、奈都君はいらっしゃらなかったですね。……今度準一さんのご友人がこちらへ来るんですよ」
「準一さんの友達? あの、もしかしてその人って……」
「ええ、もちろんご存命ですよ」
花鶏の言葉に、奈都が息を飲むのを感じた。喉仏が僅かに上下する。
「前にも奈都君には話しましたよね、以心伝心のこと。それで準一さんがその方と連絡取ることが出来ましてね、ご友人の方が『是非会いたい』と」
花鶏がお喋り好きなのはわかっていたが、ここまでベラベラ話されるとやはり話題にされる身としては肩身が狭いというか気恥ずかしいというか。
なんとなくいたたまれなくなって、咄嗟に「花鶏さん」と窘めればどうやら俺が言いたがっていることに気付いたようだ。「おや、失礼しました」そう言いながら慌てて口を手で押さえ、照れたように笑う。
「久し振りのお客人が嬉しくてつい出娑張ってしまいました」
そういう花鶏はどうやら嘘をついているようではないようだ。
珍しく素直というか、純粋というか、やけにまともな花鶏の反応が少し意外だったが下世話な下心があって話題にされるよりか遥かにましだ。
「……以心伝心、成功したんですか?」
ご友人、の部分よりも奈都が食いついたのはその単語だった。
やはり、早々簡単に成功するものではないということなのだろうか。
「……でもまあ、あんま話せなかったんだけどな」
「ご謙遜を。一度ならず何度も成功すること自体珍しいことですよ」
そう口を挟んでくる花鶏に、なんだか顔が熱くなってくる。
まあ、確かに花鶏は最初から成功しないと言っていたしな。しかし、そこまで言われると少し恥ずかしくなってくる。
「相思相愛ってやつだな! ……ひくっ」
幸喜がまたなんか言い出したと思いきや、しゃっくりをする。
顔をしかめる俺を他所に花鶏は「幸喜、それでは意味が違ってきますよ」と隣からフォローを入れてきた。
「一度ならず何度も……」
「じゃー両思いだ!」とまたずれたことを言い出す幸喜の隣のそのまた隣。
騒ぎ始める幸喜と花鶏を他所に、えらく神妙な顔をしてなにかをぽつりと呟く奈都の反応が妙に引っかかる。
「奈都?」と声をかければ、奈都は慌ててその暗い顔に笑みを浮かべてみせた。
「いえ、すみません。なんでもないです。……余程仲がいいんですね、その仲吉さんという方と」
「……別に、普通だと思うけどな」
奈都にまで言われると流石に恥ずかしくなってきてなかなか認めることはできなかった。
どう返せばいいのかわからず、なんとなく突っ慳貪な言い方になってしまう。
確かに俺にとって仲吉は仲のいい部類に分類されるだろうが、やはり第三者から言われるとこそばゆくなるものがある。そんな俺に対し、幸喜は「照れんなよ」とゲラゲラ笑いながら指摘してきた。その一言に一層耳が熱くなり、反射で「照れてねえ」と声を上げた。
なんだろうか、この空気は。
元はと言えば幸喜と藤也が元凶なのだが、それでも一つの目的のために一丸となって頑張った……いや違うな。明らかに余計なことしかしてないやつもいるが、それでもこのバラバラで我の強い亡霊たちが協力してくれたお陰か、妙な連帯感を覚えてしまう自分がいた。
先日まで殺されかけたにも関わらず、ほんの少しこの賑やかな空気に妙な居心地のよさを感じ始めている自分には呆れしかでない。
……これだから藤也にもめでたいやつなどと言われるのだ。それでも、悪い気はしなかった。
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