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藤也にあのぬいぐるみを返すこともできたし、無事、ではないが目標を達成した俺はこれからどう過ごすかを考えていた。
眠れない体になってから大抵、考え事をして過ごす時間が増えた。
それがいいことなのか悪いことなのかわからないが、やることがないのだ。
夜は長い。他の連中も起きているだろうが、元々人と一緒に過ごすのは得意ではないのだ。
なにか俺を勘違いして絡んでくる人間も少なくはなかったが、殆どは俺を腫れ物かなにかのように触る。
それが鬱陶しくて、人とは一定の距離を保つようにしていた。
唯一、仲吉が。仲吉だけが、そんな俺の中へと踏み込んできた。しかも土足で。
「……」
ああ、まただ。
なにもすることがなくなってしまうと、仲吉のことばかりを考えてしまう。
会いたい、とは思わない。
そんなこと考えてまた以心伝心してしまったらと思うと、恥ずかしさで憤死してしまいそうだ。
ちょっと顔を見ないだけで、ここまでなるとは。
これからどうするんだよ、俺は。
まさか仲吉が心配で成仏出来ないとか、そんなあれはないよな。
なんて考え事をして過ごす、静まり返った夜の屋敷内。
食堂の方からは幸喜の笑い声が聞こえてくる。
南波の悲鳴は聞こえないが、無事を祈るばかりだ。
今はなんとなく、一人でいたかった。
◆ ◆ ◆
屋敷敷地内、外庭。
雨上がり、湿った空気に包まれたそこは酷く生暖かく、ぬるい風が心地よかった。
花鶏が毎日手入れしている花壇は荒れいる。雨だけのせいではないだろう。どうせ、幸喜辺りだろう。
根っこから根こそぎ引きちぎられ、地面の上に捨てられた多数の花を一瞥し、俺は目を細める。
雨の日はいつもああだと、奈都は言った。雨の日じゃなくても、俺は幸喜が正常だとは思えない。藤也も。
悪くないやつだとは思いたいけど、藤也も、たまに恐ろしく思う時がある。
自分と違う思考の持ち主だから、といえばそれまでだが、だけど、やっぱりなにかがずれている。決定的な生死の観念のズレ。単純明快でいて、それでいてそのズレは大きくて。
外庭を通り、林の中へと進む。
雨上がりの空は相変わらず濁っていて、月はみえない。けれど辺りの空気は澄み渡っていて、俺はこの空気が好きだった。
土地鑑を掴むため、ひたすら歩いてみる。
最初の頃は人気のない森は不気味だと感じていたが、自分がその不気味な何かになってしまった今、あまり感じない。
これが慣れというやつだろうか、なんて思いながら少し休憩しようと近くの岩へと近付いたときだ。
どこか遠く、上の方からタイヤが砂利を踏む音が聞こえた。
「すごい真っ暗」
「おい、お前ら足元気を付けろよ。……っと、うわっ!」
「ちょっとちょっと~、ユタカ大丈夫ぅ?」
「ああ、なんとか大丈夫だ。けど……」
「流石に、時間かかっちゃいましたねえ~。もう辺り真っ暗じゃないですかぁ」
「ま、雨が上がっただけましっしょ!ほら、さっさと行こうぜ!」
「な……仲吉君、押さないで……っ!」
一人、二人、三人……六人。
暗闇の中蠢く影と騒がしいその声につられ、崖下までやってきた俺は愕然とした。
六人の内、一人は聞き覚えのあるやつなのは間違えなくて。
心配していた矢先に現れたそいつに喜ぶとかそれ以前の問題だった。
なんで、他の連中までついてきているんだ。
仲吉一人だけならよかった、ということではない。
なるべくなら仲吉一人でも来てもらわないほうがいいと思っていた矢先に、しかも、こんな人数を引き連れて遊びに来ている仲吉に呆れ、俺は暫くその場から動けなくなった。
「懐中電灯、もう一本なかったっけ~?」
「確かトランクに……あ、ほらありましたよ」
「ん……どーも」
「仲吉君、これって崖じゃないの?こんな斜面降りるなんて……」
「大丈夫大丈夫、ほら、手貸して」
「えっ、あっ、ちょ……きゃあっ!」
滑るような足音ともに悲鳴が近付く。咄嗟に俺は近くの木に隠れた。
自分の姿が一般人には見えないとわかっていても、俺のことを視ることが出来る仲吉には存在を悟られたくなかった。
「おい、二人とも大丈夫か!」
「おー、大丈夫ー!お前らもさっさと来いよー!」
「さっさと来いって……冗談でしょ?降りるのはいいけどさ、これどうやって上がんの」
「ん?普通に走って登れるけど?」
「あの……仲吉君だからできるんだよ、それ……」
わいわいと話している連中に背を向けた俺はそのまま集団から離れるように闇の中へ潜り込んだ。
一瞬、背中に視線を感じたが今は存在を気取られたくなかった。それに、これからどうするかを考えなければならない。
あの馬鹿を、どう大人しくさせるかを。
それには一先ずここから離れる必要があった。
ぞろぞろと現れた久し振りの人間に戸惑っている自分を落ち着かせるためにも。
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