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「お、おい、奈都!お前……大丈夫なのかよそれ……!」
「……準一さん、僕みたいなのの心配してくれるなんて本当優しいですよね」
「いや、そうじゃなくて……血が……」
だらだらと血を流す手首を抑え、嬉しそうにはにかむ奈都につい突っ込まずにはいられなかった。
奈都は大丈夫ですと笑うけれど、少々やり過ぎのような気がしないでもない。
「でも、これで何人かはやる気削がれたんじゃないですかね」
「ああ。……三人除いてな」
残った薄野たち三人と、先を行く仲吉たち三人。
真っ暗な森の中、構わずに歩き出した馬鹿三人になんだかもう頭が痛くなってくる。
「……ったく、あの馬鹿……ッ」
何度も忠告してきたくせに、どういうつもりなのか。
いや、確かに昔から仲吉はこういうやつだった。
人の話も聞かず、自分の好奇心のみでどんどん突き進んでいく無謀馬鹿。
呆れはしたが、昔からそういう型破りというか無茶苦茶な仲吉の性格は、少しだけ憧れていた。
だけど、今は今だ。
黙って見過ごすわけにはいかない。
それにしても……。
仲吉についていくあのチャラそうな男、どこかで見たような気がするな。
しかし、思い出せない。
仲吉の友達なら生前どこかで会っている可能性もあるし、気にはなったが思い出せないので深く考えるのを止める。
一人押し黙っていると、「あの」と奈都が遠慮がちに声を掛けてきた。
「準一さん、それでどうしましょうか」
「ん?」
「二手に分かれてしまった場合、やはり僕達も分かれた方がいいかもしれませんね」
「ああ、そうだな。薄野たちは動かないからあまり心配はいらないだろうけど、問題は……」
「仲吉さんたち、ですね」
流石奈都。誰が一番厄介なのかこの短時間で把握してるなんてなかなか見込があるな。
「なら、僕は薄野さんたちの様子を見てます。準一さんは仲吉さんを止めて下さい」
本来ならば無視しても構わないはずなのに、わざわざ俺の我儘に付き合ってくれる奈都も大概なお人好しだ。
それでも、味方がいない今の俺にとってその気遣いはありがたい。
「悪い、奈都」
「気にしないで下さい。……僕も、人が死ぬのは見たくないんで」
少しだけ口元を緩め、微笑む奈都。
その表情は一時期に比べれば少し窶れたように見えるが、それでも以前よりも遥かに柔らかく……人間味があった。
「何かあればすぐに知らせます」とだけ告げ、姿を消す奈都と別れ、俺はすぐに仲吉たちの後を追った。
「さーやー、本当にこっちで合ってんの~?」
「うーん、こっちの方だと思ったんだけどなぁ。道間違えたっかな?」
聞こえてくる会話を盗み聞きしながら、俺は一定の距離を置いて三人をつけていく。
確かに、仲吉の言う通り違和感を感じた。
その違和感がなんなのかわからないが、なんとなく、森全体の様子がおかしいのだ。
薄暗い、月明かりと懐中電灯だけが頼りのこの森の中。
そのぼんやりとした違和感は次第にハッキリと輪郭を現してくる。
「あれ、なんかこっちの方道になってませんか?」
不意に、三人のうちの一番ぽやぽやした男が立ち止まる。
その言葉に、前を歩いていた二人は足を止め、ぽやぽやが覗いている木蔭の方を見た。
「あれ、本当だ」
「って、さーやも知らねえのかよ」
「……」
あんなところに道なんてあったか?
いや、なかったはずだ。
なんとなく嫌な予感がして、俺は三人の横を擦り抜けるようにして現れた道を進もうと足を踏み込んだ。
そして、一歩二歩三歩と進んだ瞬間、爪先からの地面の感覚が消えた。
「っ、!」
咄嗟に踏み止まった俺は、そのまま下を見た。
道の先は、歪な崖になっていた。
「ほら、こっちみたいですよ~」
なんだこれ、とつい後ずさったときだった。
背後からガサガサと草を踏み付けるような音ともに、先程のぽやぽやの声が近付いてきた。
「おい、危な……」
このままでは落ちてしまう。
そう考えた瞬間、体は勝手に動いていた。
ぽやぽやの体を崖から離すように思いっきり突き飛ばす。
尻餅をついたぽやぽやの「あれえ?」というどこまでも緊張感のないその声が聞こえてきて、安堵した矢先だった。
とん、と、軽く何かが背中に触れる。
瞬間、ぎりぎり崖の淵で立っていた体が、視界が、大きく傾いた。
「う、……わ……っ!」
ここまでくるとそろそろ慣れてくると思っていたのだが、やはり無理のようだ。
なんとか踏み込み、落下を防ごうとするが今度は足場が崩れ始めて。
「まじかよぉぉおお……ッ!!」
真夜中の森の中。
なんとも情けない俺の悲鳴が辺りに響き渡る。
「準一っ?!」
「ちょ、なに一人で転んでんだよ、ビビるじゃん」
「いや、なんか今すごい突き飛ばされたっていうか……仲吉先輩?」
「……っ」
「え?先輩っ?せんぱーーい??」
「ったく、気をつけてよねえ。ってあれ?さーやは?」
「えーっとその、なんか今……落ちていきましたねえ」
「いや追わなきゃダメっしょ、何やってんの?君」
「あ、やっぱりそうですかー?」
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