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 叫ぶ暇もなかった。  大して高くなかったのか、すぐに地面に着地した俺はなんとか受け身を取るか、丁度下にあった岩に腰を強打する。 「い……ったくねえ……」  そう口に出して必死に思い込む。  どっかの骨が砕けたような感触がしていたが、すぐに止んだ。  これが耐性というやつだろうか。  段々この体に慣れてきている自分が少しだけ恐ろしく思う。  クソ、誰だよ、あんな紛らわしい道作ったやつ。  何度か屋敷周辺である森の中は徘徊して把握していたつもりだったが、あんなところに道なんてなかったはずだ。  そもそも、崖自体なかったように思える。  辺りはごつごつとした岩で埋め尽くされている。  人為的なものか、たまたま落石しただけかわからなかったが、この岩を足場にすればなんとか上に戻れるはずだろう。  思いながら立ち上がろうとしたとき、パラパラと頭上から土が降ってきた。 「……ん?」  まさか、落石か?  今の落下した衝撃でどこかで土砂崩れが起きているのかと慌てて顔を上げた俺は、そのまま硬直した。  降ってきたのは石でも土砂でもなく、人だった。 「って、おわっ!」  間一髪、慌てて横にズレた次の瞬間。先程まで俺が座り込んでいたそこに、そいつは落ちてきた。  もっとも、俺のような背面着地ではなく、ちゃんと地に両足をついてだが。 「な……仲吉っ?!」  驚きを通り越して呆れた俺は、落下してきたそいつの名前を口にした。  瞬間、顔を上げた仲吉は俺の姿を見つけ、そしてそのまま詰め寄ってくる。 「準一っ!おい、大丈夫かっ?!」 「いや、俺は大丈夫だけど……な、何やってんだよお前!」 「準一が落ちていくのが見えたから追ってきたんだよ」 「追っ……馬鹿かっ?怪我したらどうすんだよ!」  本気で俺が落下してなにかなると思ったのか、「でも、準一が……」と目を伏せる仲吉になんだか怒る気にもなれなくて。  それよりも、仲吉に気付かれていたということに驚いた。  俺は姿を消していたつもりだったが、落下にビビって素が出てしまったということか。  そう思うとなんだか居た堪れない。とにかく、早く戻れ。そう口を開こうとしたとき、立ち上がろうとした仲吉が顔をしかめる。 「痛……ッ」 「っ……ほら、言っただろ。……足捻ったのか?」 「これくらい、どうってことない」 「無茶苦茶言ってんじゃねえよ、いいから見せろって!」  まるで子供のような意地を張る仲吉に、つい俺の方までカッとなってしまい「仲吉」と睨む。  だけど、俺から視線を逸らしたまま仲吉は押し黙り、そして。 「……」  いい加減にしろ、と腕を掴もうとした手を逆に仲吉に掴まれた。  ぎゅうっと握り締められる手首にはただ仲吉の体温だけが流れ込んでいて。  人の肌に触れている。  以前だったら当たり前であったそのことに内心戸惑いながら、俺は目の前の仲吉を覗き込んだ。 「おい……?」 「ずっと見てたのか?」 「あ?……別に……」 「呼んだのに出てこなかったよな」  もしかして、俺が隠れていたことに怒っているのだろうか。  俺の忠告も聞かなかった自分のことを棚に上げて臍を曲げる仲吉にムッとなり、つい「当たり前だ!」と語気が荒くなってしまう。 「つーかお前、どういうつもりなんだよ。あんなにぞろぞろ連れてきて」 「お前だって一人じゃ寂しいだろ。あいつらはいい奴らばっかだし、大丈夫だよ」 「そういう問題じゃねえよ!言ったよなぁ、俺、連れてくるなって。お前だって、来てほしくないんだよ……もし、何かあったら……」 「だから言ってんだろ、大丈夫だって。……何があっても良いんだよ」  そのために連れてきてやったんだから、と仲吉は呟いた。  その声は辛うじて俺の耳に届くくらいの大きさで。  笑っているのに、嫌な感じがしたのはその目が笑っていないからだ。 「お前、どういう……」  なにかが可笑しい。直感でそう感じた。  少なくとも、今まで一緒に居た仲吉はこんな嫌な笑い方をするやつではなかったし、確かに頭がおかしいと思ったことはあったけど、それでも友達想いなやつだった。  それなのに。 「さーや!」 「先輩ー!」 「ッ!!」  ガサガサと、離れた草むらから上に居たはずの二人の声が聞こえてきた。  咄嗟に俺は仲吉の手を振り払った。  「おいっ、準一!」  他人の前に姿を見せたくない。  その本能が働き、咄嗟に木蔭へと紛れ込んだ俺。  ちゃんと隠れられているのか不安だったが、遅れてやってきた二人は俺に気付いていないようで。 「準一?……えっ、じゅんじゅん?どこ?」 「……」 「先輩、大丈夫ですかぁ?二人とも運動神経いいんですねえ~速すぎますよ~」 「……準一……」  どこかショックを受けたような顔をして俺を探す仲吉。  なんつー顔してんだよ。  呆れると同時に、このまま見捨てるわけにはいかないと気を取り直した俺は辺りを探る。  そして、足元にキラキラと光るものを見つけ、拾い上げた。  掌サイズのガラスの破片だ。このくらいの大きさがあれば、充分だろう。  月明かりを反射し、キラキラと光るそれを握り締めた俺は仲吉の視線に入り、手に持っていたそれを適当に動かす。 「準一……?」  どうやら仲吉は気付いたようだ。  捕まえられたら溜まったものじゃないので、俺はガラスの破片握り締めたままさっさと歩き出した。目的地は、屋敷だ。 「おい、こっちだってよ!」 「え?……って、なにあれ。浮い……え?」 「いいから付いてこいって!」  半ば強引に引っ張られるような形で、二人の友人達もついてくる。  本当はあんなところへ誘導なんてしたくないが、このままでは埒があかない。  とにかくパッとみせてパッと帰らせればいい。でなければ、仲吉がなにをやらかすのかわからない。  それなら、俺が安全な道を探して連れて行った方がましだ。  そして、数十分後。  ガラスの破片を使って、無事屋敷前まで誘導してきた俺だったが。 「それにしても……」  随分と静かだな。  いつもなら庭で花鶏が花弄っているはずだが、誰もいない。  それどころか。 「………どういうことだ……?」  屋敷があったはずの場所には、ぽっかりと開いたかのように荒れ地が広がっていた。

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