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一先ず、深呼吸して整理しよう。
そして再度ゆっくりと辺りを見渡してみれば、やはりそこはさっきまでとなんら変わらない景色が広がっていて。
いままで当たり前にそこにあったはずの屋敷がなくなっていた。
そりゃあ、もう、跡形もなく。
「えーと、ここがさーやの言ってた屋敷?」
「あ、あぁ……」
「随分と荒れてますねぇ~」
仲吉達の会話なんて頭に入ってこなくて、ただ呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。
……どういうことだ。
花鶏が毎日手入れをしては幸喜に荒らされていた花壇があった場所も、ただの荒れ地になっていて。
まるで全て夢だったかの光景に一瞬自分の目を疑ったが、その可能性はすぐに払拭された。
「花鶏さん、南波さん!奈都ー!」
突然、声を張り上げる仲吉に、思考停止しかけていた俺はハッとする。
「うおっ、吃驚したー……いきなり大声出すなよ~」
「だって……なんでだよ、この前までちゃんとあったのに……有り得ねえっしょ」
そう呟く仲吉に、やつの視界でも同じようなことになっていることに気付く。
だとすれば、俺だけではないということだ。屋敷が消えているのは。
「まあ、確かに屋敷があった跡はあるんだし正解なんじゃない?」
「……」
まだ納得いっていないのだろう。
押し黙る仲吉だったが、重い口を開いた。
「準一、なあ、そこにいるんだろ?」
背中を向けたまま名前を呼ばれ、自分が姿を消したままになっていたのを思い出した俺はそのまま「いる」とだけ返すことにした。
「どうなってんだ、これ」
「俺にもわかんねえよ。……花鶏さんたちもいねえし」
「……」
恐らく、俺と同じなのだろう。とは思う。誰にも来てもらいたくないという意思で姿を消したのだと考える。だけど、誰が?まさか屋敷の意思で?……まさかな、とは思うが、今までそんなまさかな生活をしてきたため強く否定することが出来ない。
どちらにせよ、俺にとってこの状況はチャンスなわけだ。
「とにかく、もう帰れ。あいつらが出てくる前に、早くな。これ以上遅くなったら帰りが危ないぞ」
「……」
また、無言。
無視されてるみたいで面白くなくて、「おい」とやつの背中に再度呼び掛けてみる。
その時だ。
「……こうでなくちゃな……」
小さく、仲吉の唇が動いた。
まるで笑みを浮かべるように釣り上がるその口角に、僅かに嫌なものを感じた俺は「おい、仲吉?」とその肩を掴もうと手を伸ばしたとき。
「とにかくまあ、ついでに記念写真撮っておきましょうかぁ?」
投げ掛けられる緊張感のないその提案に、思わずずっこけそうになった。
何を考えてるんだこいつは。
こんな奇妙な現象が起きてる中、脳天気な男になんだかもう怒り通り越して呆れたが。そうだ。初めて来たこいつらからしてみればただの変哲のない荒れ地なわけだ。そりゃ観光気分になるのも百歩置いて仕方ない。……仕方ないが。
「お、いいなーそれ!」
大体のことは把握しているはずのこいつがなんでこうも乗り気になってるんだ。
「おい、人の話聞いてたのかよ!」
「分かってるって!ほら、写真撮ったら帰るから!」
本当かよ、と仲吉を睨むがあいつはそんな俺に構わず早速カメラを用意しているではないか。
今更だとは思うが、本当、どうにかならないのかこいつの性格は。
そんなとき、ふと、背後から突き刺さるように向けられた視線に気付く。
気になって振り返れば、そこにはあの軽そうな男がいて。
まさか俺が視えるとか思ったが、どうやらそうではなくその冷ややかな視線は俺をすり抜けて仲吉に向けられているもののようだ。
そんな男に気付いたのか、ぽややんは「蔵元センパイ?」とその男を呼んだ。
軽そうな男、蔵元は「いや、つーかさ」と顔を引き攣らせた。
……って、蔵元?
「さーやさぁ、さっきから一人で何喋ってんの?」
「あ?」
どこかで聞き覚えのある名前だな、なんて今までの記憶を掘り返していた矢先、呆れたようなその指摘に俺は今の自分の姿を思い出し、ハッとする。
……忘れてた。
「は?誰とって準……」
「おいっ!待て!」
当たり前のように答えようとする仲吉の口を慌てて塞ぐ。
ただでさえおかしいやつなのに、本気で死人と話してるなんて答えたら近寄らない方がいいやつ認定されるに違いない。最早されている可能性もあるが、それでもやっぱり友人が頭おかしいと思われるのはくるものがある。
「とにかく、適当に誤魔化して帰れ。多分、花鶏さんの仕業だ。あの人気分で山の形変えるから今日はもう戻らないだろ。明るくなってからまた出直せ」
とにかく仲吉を納得させるため、俺はただひたすら適当に言葉を並べた。
花鶏にそんな力があるとか聞いたことないが、あの人まじでやらかしそうだし仲吉も納得したようだ。残念そうにしながらも、こくこくと頷く仲吉。
「いいか、絶対だからな。帰れよ!」
念を押しつつ、俺が仲吉から手を離した時。
「さーや?」
すぐ傍、近付いてきた足音に驚いて振り返る。瞬間。
「ん?」
薄暗い木の下。そこに立っていた男と一瞬だけ、確かに視線がぶつかった。
見られてる。
頭を過る一抹の可能性に血の気が引いたが、すぐに向けられた視線は俺の隣にいた仲吉に向けられる。
「じゅんじゅん居たの?」
「あ……いや、いねえみたいだな。多分今日はもう無理そうだって」
「ふーん?」
仲吉もアドリブが下手くそというか嘘が吐けないやつというか、なんというか。
俺の言うとおり誤魔化そうとはしてはいるみたいだが、如何せん支離滅裂すぎる。
……というか、じゅんじゅんって。
特徴的なその呼び名に、脳味噌の奥深く、埋もれた記憶がふと蘇る。
懐かしいな。確か、高校の時か。
俺も誰かにそういう風に呼ばれてはあまりの語呂の悪さにムカついて何度か揉めたことがあった。
仲吉か?いや、違う。あれは確か……。
『じゅんじゅん、今日も目付き悪いねえー』
絡み付くような粘っこい話し方に、如何にも女子からモテますといったいけすかないにやけ面。
やけに絡んで来ては喧嘩を売るような言動が目に余るクラスメート。
確か、名前は……。
「カズ、祐太、今日のところは一旦戻るか」
そうだ、カズ。蔵元和尚だ。
仲吉とよく一緒にいたクラスメートのことを思い出す。
だけど、ちょっと待て。なんで蔵元までここにいるんだ。
「えー?もう帰るんですかぁ?」
「俺はさんせーい。そろそろ眠くなってきたしーなんか虫多いしー、帰りたい」
「山に来て虫が多いなんて野暮ですよぉ、先輩~」
「明日また来ればいいだろ。な?」
懐かしい顔との予期せぬ再会に困惑する俺を他所に、仲吉の提案に不満そうにしながらもぽやぽや、もとい祐太は渋々承諾する。
「うーん、先輩がそう言うなら~……」
「なっ!ほら、じゃ、戻るか!」
「って、え?!ここ登っていくんですか~?」
こいつらのことは、仲吉に任せておいても大丈夫だろう。
あとは、幸喜達が何も仕掛けてないかを確認するだけだ。
……それにしても。
どういうことなのだろうか。跡形もなく消え失せたその屋敷の跡を眺める。
仲吉たちが足を踏み入れることを俺が拒否したせいか?……いや、まさかな。
とにかく、仲吉たちを帰らせるしかない。
跡地に背を向け、俺は再び林の中へと潜り込んだ。
「お疲れ様でした、準一さん」
「ああ、悪かったな、手伝わせて」
「いえ、僕はいいんです。僕が自分からしたことですから」
既に日付が変わっているであろう深夜。
ようやく帰った仲吉たちに、俺と奈都はハイタッチをした。
それにしても、疲れた。普通に疲れた。
「でも、幸喜たち驚くほど大人しかったですね。……藤也君も、花鶏さんの姿も有りませんし……」
不気味がる奈都の言葉に、俺は消えた屋敷のことを思い出す。
そして、いても立ってもいられなくなった俺は「なあ」と思い切って奈都に尋ねることにした。
「さっき、仲吉たちと一緒に屋敷まで行ったんだけど」
「行ったんですか?」
「ああ……でも、なかったんだよ、屋敷が。丸ごと」
「丸ごとっ?」
僅かに奈都の表情が険しくなる。
疑うようなその目を真っ直ぐ受け止め、俺は頷き返した。
「花壇とかはあったんだけどよ、建物があった場所が更地になっててさ……お前、なんか知らないか?」
「……それは、僕も分からないです。でも、おかしいですね」
「だよな」
「本当なら少し気になりますし、一度戻ってみましょう」
奈都の提案に、俺は大きく頷いた。
意味が分からないというのが一番気持ち悪い。顔を見合わせた俺と奈都はそのまま足早に屋敷のあるはずの場所に向かった。
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