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ep.7 世界共有共感願望
本当いつもいつもどうしてこいつはこうなのだろうか。
「準一」
「……」
「準一ってば、おーい!」
「……お前、俺の話全く聞いてないだろ」
「どれのこと?」
「全部だよ、全部!もう来んなっつってんだろうが!」
昼間だというのに相変わらず薄暗い森の中。
そこに佇む幽霊屋敷の応接室、呑気にソファーで寛ぐ仲吉に流石の俺も我慢の限界値が突破しそうになっていた。
そんな俺に対し、仲吉はあっけらかんとしていて。
「今日は一人だから良いだろ」
この言い草だ。
「よくねえよ!第一、俺はお前に何か遭ったらって……」
「ああ、心配してんのか」
「……ッ!」
本当、自分でもこいつのことを心配してるということが馬鹿馬鹿しくなってくる。
好奇心で突き進む仲吉に胃腸を痛めたことは多々あるが、死んでも尚こんなことになるなんて誰が想像したというのか。
「まあ、準一さんもそんなにピリピリなさらないで下さい。せっかく仲吉さんが来てくださったんですから」
俺と仲吉の言い合いを傍観していた花鶏が見かねたように声を掛けてくる。
どうも、花鶏は仲吉には甘いというか生きた人間と話すことを楽しみにしているということだけあって友好的な態度を取る。
それが俺に対するそれと違うため余計ムカつくのだ。
「俺は来いって言って覚えはありませんから」
「準一……お前も諦めが悪いやつだよな~」
「お前が言うんじゃねえよ……!!」
「ま、まあ、準一さんも仲吉さんもその辺で……。そういえば、他の方々はどうしたんですか?」
そう仲裁に入ってきたのは奈都だった。
強引に話題を逸らそうとする奈都に、仲吉は少しだけ考える。
「そういや、あいつらはなんか昼間は観光するって言ってたな」
「お前も行ってこいよ」
「や、準一が寂しがるかなって思ってさ。昨日もろくに話せなかったから」
「別に寂しくねえから帰れよ」
「ほんと、素直じゃねえよなあ」
なんだその言い方は。まるで俺が寂しがってるかのような物言いにムッとすれば、仲吉は笑う。
「ま、それでも……やっぱり俺は寂しいよ。お前が居ないと」
そして、こいつはこういうことも普通に言う奴なのだ。
そんなこと、知っている。どれだけ上辺だけ取り繕ったって本能的に会いたがってしまった結果意思疎通という形で通じあってしまった今、俺も仲吉には言い逃れ出来ないとわかってる。
それでも、こいつのため、最低限関わらないようにと必要以上の馴れ合いは避けようと思ったのだ。
それなのに、なんだこの空気は。俺が素直じゃない駄々っ子みたいな扱いは。
「準一さん、いいじゃないですか一日くらい」
そして、俺にとって今一番不穏分子である花鶏がこの態度だ。
「分かってるんすか、花鶏さん。俺はあんたが一番心配なんですよ」
「おや、私がですか。私なんかの身、ご心配なさらずともなんとかしますよ」
「違いますよ、あんたが余計なことしないかって意味ですから」
この間、幸喜と藤也と、そして嘉人のことがあった際、ただでさえややこしい三人の関係を「興味があるから」という理由で更に掻き乱した張本人だ。
そんな俺の言葉すら本人は怒るどころか「なるほど」と頷き出す始末で。
流石の奈都も「納得しちゃうんですか」と呆れ顔だ。
「まあ、そんなに仲吉さんが心配ならば貴方がずっと一緒にいればいいじゃないですか」
「そ、そういう問題じゃ……」
「俺はそれで全然いいぞ」
「それがよくないんだよ!なんで居座る気満々なんだよ!」
思わず突っ込めば、やれやれと言わんばかりの態度で肩を竦める仲吉。
「ま、実は用があったんだよな」
そして、笑いながらごそごそと何かを取り出そうとする仲吉。
また用もないくせにぶらぶら遊びに来ているのだとばかり思っていただけに、正直驚いた。
「なんだよ、それを先に言えよ」
「だってお前さっきから怒ってばっかで聞いてくんねーし」
「ぐ……っ」
「まあ、用っつーかお願いみたいなもんだけど」
そう言って仲吉が取り出したのは見覚えのあるカメラだった。
そうだ、ここへ来る度持ち出しているものだ。
「……まさか、またかよ」
「なんだよ、良いだろ写真くらい」
「よくねーよ!この前ずっと撮りまくってたじゃねえかよ!まだ撮るつもりかよ!」
それはもう歩く度に撮りまくってもう先に進めないというレベルだった。
仲吉がカメラを持ち出すのは今回に限ったことではない。いつもどこに出かけた時でも『なにか映ってるかもしれない』とか言い出して撮りまくるのだ。
観光地ならばまだいいが、撮る場所はたいてい人気のない場所や不気味なオブジェなど正直こっちが気が滅入るようなものばかりで。
「……だって仕方ねえだろ、ちゃんと撮れてなかったんだし」
そう、仲吉が言うのもいつものもことだった。
けれど、何故だろうか。今日は少しだけ歯切れが悪く感じたのは。
「まあいいではありませんか、写真くらい。本当なら撮影料を頂きたいところですが準一さんのご友人ですしどうぞ、好きなだけ撮っていって構いませんよ」
「良いんですか?」
「ええ、勿論」
また花鶏の人間贔屓が始まった。
甘やかすなと言いたいところだが、一応ここに居座らせてもらってる身だ。家主である花鶏の決定を覆せるような立場ではない。
もう勝手にしろ、しらねー。
なんてそっぽ向いた矢先のことだった。
「なら、花鶏さん一枚いいですか?」
「おや」
「は?!」
唐突な仲吉の言葉に思わず噴き出しそうになる。
「お前、何考えて……」
「なにって、俺は写真が撮りたいって言っただろ、最初に」
「言ったけど、花鶏さんをかよ」
「ん?勿論お前も撮るよ」
「や、別にそういう意味じゃなくて……つか、撮らなくていいから……」
さらりと口にする仲吉に調子狂わされっぱなしの俺。
そんな俺を知ってか知らずか、仲吉は奈都に目を向ける。
「奈都もいいか?」
「僕を撮っても面白くはないと思いますけど……それでもよければどうぞ」
「ありがとな」
どうも、奈都と花鶏は仲吉に甘い。
こういうときバッサリ物を言ってくれる藤也が居てくれたらいいのだろうが、藤也は仲吉が来ると決まって姿が見えなくなるのだ。
この間、仲吉の生気を奪ったという藤也。
そのことを負い目に感じているのかどうかは知らないが、こういうときばかりはあいつみたいな性格が羨ましくなる。俺も大概現金だな。そんな風に思わずにいられない。
そんな時だった。
「そう言えば仲吉さん、この間撮影としたその写真とやらの方はどうでしたか?」
ふと、思い出したように尋ねる花鶏に一瞬、ほんの一瞬だけ仲吉の顔色が変わった。……ような気がした。
「写真というものには私も興味がありましてね、よろしければ今度見せていただきたいのですが……」
「そうですね、今持ってきてないんです今度持ってきますよ。花鶏さんが綺麗に写ってたんでもう一枚、と思ったんですよね」
「それは楽しみですね」
「……」
その違和感はほんの一瞬だけで、あとはもういつもと変わらない仲吉がそこにはいた。
それでも先程から感じてるそれは拭えない。
「つーか、綺麗にってやっぱり、心霊写真みたいになってたのかよ」
思い切って、少しだけ突っ込んでみる。
すると、仲吉は「……まあ」と口籠った。まただ、らしくないこの歯切れの悪さ。
「なんだよ、ハッキリ言えよ」
「準一」
不意に仲吉に遮られる。
なんだと思いあいつを見上げれば、薄く笑う仲吉が同様俺を見ていた。
「ちょっと案内してもらいたいところがあるんだけど」
「……俺に?」
案内ならば俺よりももっと適した花鶏がいるというのに、どういうつもりなのだろうか。
訝しむ俺に構わず、仲吉は二人を振り返る。
「ってことなんで、ちょっとこいつ借りますね。花鶏さんも奈都も、また後でお願いするんで」
「ええ、ごゆっくり」
「僕はここにいるのでその時はまた」
なんか、話がまたぽんぽんと進んでいる。
何を企んでいるだとあいつを見た矢先、伸びてきた手に手を掴まれる。
避け遅れ、慣れない温かい感触にぎょっとしたとき、そのまま仲吉は歩き出した。
「ちょっ、おい、仲吉!」
どういうつもりだ。
人の話を聞かずにさっさと歩き出した仲吉は、やっぱり最後まで俺の話を聞かなかった。
結局、仲吉が足を止めたのは俺の部屋の前まで来てからだった。
「おい、仲吉」
流石に、ここまで来るとやつが何を考えてるのかもわかった。
他の奴らのいないところに来たかったのだろう。
声を掛ければ、仲吉と目が合う。
先ほどまでとは違う、どこか難しい顔をした仲吉と。
「……準一はさあ、自分と他の奴らが見てるものが違うとかそういうの、なったことあるか?」
「は?」
「や、そう言ったら今がそうだよな。……俺に見えないのも見えてるんだろ?」
自分で言って、自分で考え込む仲吉。
前々から少し電波なところがあると思っていたが、こんな哲学的なことを言い出すやつではなかったはずだ。
「……何かあったのか?」
その表情から少し不穏なものを感じ、思わず尋ねる。
すると、仲吉は少しだけ笑って、軽く手を振ってみせた。
「別に大したことじゃないんだけどな。……この前写真のことなんだけど、ほんと、すげー綺麗に映っててさ……だから、あいつらに見せたんだよな」
「薄野たちに?」
「そ。……そしたらな、ユタカと九鬼はなんも映ってないって言うんだよ」
「……っ」
その言葉に、ズンッと体が重くなる。
別に、無理もない。十人が十人見えてたらとそれもそれで気味が悪い。
わかっているのだけれど、自分が認識出来ない存在になってしまったということを改めて突き付けられたようなショックと、それを認識出来るようになっている仲吉への困惑を覚えずにはいられなかった。
「それだけなら良いんだけど、西島……ってやついるんだけど、そいつは見えたんだよな、写真に写ってた花鶏さん」
「……まじで?」
「でも、花鶏さんが映ってる写真見て焼けた死体が見えるとか言い出して」
「……死体……?」
今度こそ、仲吉がまた適当に話を盛ってんじゃないだろうかと疑った。
けれど、仲吉の表情は至って真剣で、茶化す様子も嘘を吐いている様子もない。
つまり、本当なのだろう。
焼死体、花鶏が。
思い返してみれば、花鶏は自分のことを話さない。
名前とここの屋敷に一番長くいることしか、俺は知らない。
だからだろうか、こんな形で花鶏のことを知ってしまうなんて思いも依らなくて、狼狽える。
「ちょっと気になってさ。まあ、西島はなんかそういうのちょいちょいあるって言ってたけど、花鶏さんが焼死体ってことはさ……」
「……仲吉」
気がついた時には、仲吉の言葉を遮っていた。
「お前、写真撮るのやめろ」
「撮るなってなんだよ」
俺の言い方が気に入らなかったようだ。案の定不服そうにする仲吉は、想定内だ。と言うかいつものことだ。
「そういう意味だよ。……人を詮索するような真似はするなって言ってんだ」
「そんなこと言ったって、もしかしたら何か分かるかも知れねーんだぞ。お前だって、成仏したいんだろ」
「だからってこんな真似はしたくない」
「ほんっと、お前って変なところで頑固だな」
「悪かったな、頑固で」
それはお互い様だろう、という言葉は寸でのところで堪えることができた。
暫くの睨み合いの末、先に目を逸らしたのは仲吉だった。
「本当だよ、俺はお前のためにって思って言ってやったのにさ、なんで怒られなきゃなんねーんだよ」
そういう風に言われると、言い返したくなる。
仲吉が俺のことを考えてくれているのは分かるが、その仲吉の言葉の大部分は好奇心だ。
咎めるような視線を送れば、仲吉は大袈裟に溜息を吐く。
「分かってるよ。やらねーって、もう。……けど、興味あるってのはまじだから」
「おい」
「お前が見てるものを見たいって思うんだよ」
なんでもないように、仲吉はそう言い切った。
遠回しに自殺を仄めかしているのかと思ったが、そうではないようだ。
「……本当、心霊馬鹿だなお前」
呆れて何も言えなくなる。
そんな仲吉の言葉に少しだけ揺さぶられそうになっている自分にもだ。
口ごもる俺をよそに、仲吉はバッグの中からごそごそと何かを取り出した。
そして、
「だから、これ」
差し出されたそれは仲吉がよく持ち歩いているカメラだった。
「お前に渡しておく」
「いや、いらねーんだけど」
「俺が悪用すると思うんならお前が撮りたいの撮ってくれていいから。少しは暇潰しになるだろ」
要らない、という俺の言葉も無視して半ば強引にそれを押し付けてくる仲吉。
戸惑いながらもそれを受け取れば、安堵したように仲吉は頬を綻ばせる。
「なんでもいい、いいのが撮れたら見せてくれよ」
「だから、俺はしないって……」
「さっきのはもういいんだよ。言っただろ、お前の見てる世界を見てみたいって」
「風景でもいいぞ」とイタズラっぽく笑う仲吉につい俺は何も言い返せなくなる。
出会ったときからの強引さと粘り強さは健在だ。だから、苦手なのだ。しつこく頼まれると断れない俺にとって仲吉は天敵に等しい。
だから、死んでもこうしてつるむ事になってしまうのだろう。思いながら、俺は手にしたカメラに目を向ける。
「……ブレても文句言うなよ」
「言わねーよ。準一が芸術的なもん撮ると思わねぇし」
「なんだよそれ」
「そのまんまだろ」
俺の言葉の意味がわかったようで、笑う仲吉に余計居たたまれなくなる。
「なら、今日はお前に使い方教えてやらないとな。大変な用事が出来ちゃったな」
「別にいらねーって。ここ押せばいいんだろ」
「ちげーよ、ほら、持ち方から可笑しいから」
ここ最近イライラしていたのが吹っ飛んだようだった。
勿論、それがいい事だとは思わない。
けれど、なんだろうか。生きていた時と変わらないように接していられる今に安心している自分が確かにそこにいた。
結局、その日カメラの使い方等を教えてもらうことになり、物覚えの悪い俺を相手にしたため仲吉が帰ると言い出した時にはすっかり日が暮れていた。
「それじゃあ、また来るから」
そう満足げに笑う仲吉にとうとう俺は「もう来るな」と言う機会を逃してしまう。
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