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02

「……はぁ」  仲吉の去った後、部屋の前へと戻ってきた俺は手元のカメラに目を向ける。  本来ならば俺が持っているべきものではないはずなのに。  これがあるからまた仲吉が来てくれるのだろう。  そう考えてしまう自分の甘さにはつくづく呆れてしまう。  やっぱり、無理矢理でも突き返しておくべきだったか。  こうして大切に持っているということに未練を断ち切れずにいる自分自身を目の当たりにしたみたいで、ばつが悪くなる。  とにかく、まあ、深く考えずにちょっとした暇潰しと思えばいい。  思いながら、昼間仲吉と特訓した時のブレまくりの写真たちを見ていた時。 「それ、仲吉さんのですか?」 「おわっ!」  不意に背後から手元を覗き込まれ、心臓が停まりそうになる。  飛び退き、振り返ればそこには俺同様驚いた顔をした奈都がいて。 「あ、す……すみません、驚かせてしまって」 「い、いや……こっちこそ、でかい声出したな。……悪い」  必要以上に驚く俺にショックを受けたような顔をする奈都にこっちまで申し訳なくなってくる。  ただでさえ神出鬼没なのでせめて、正面から声を掛けてくれれば、とは思うが。 「……そうだな。あいつに押し付けられたんだよ、これ」 「写真撮れってことなんですかね?」 「さあな、あいつが何考えてるなんてもう分かんねえよ」 「準一さん……」 「……悪い、愚痴っぽくなったな」  どうも、奈都と居ると弱音を吐いてしまう。  それは奈都が一度俺に曝け出してくれたからか、つい、優しい奈都に甘えてしまいそうになる自分に喝を入れる。 「俺に何か用があったんだろ?」 「いえ、用というわけではないのですが……」  そう、視線を泳がせる奈都。  なんとなく歯切れの悪い奈都が引っ掛かったが、すぐにその表情に笑みが浮かぶ。 「あ、そうだ。……せっかくですし散歩に行きませんか?カメラもあることですし」 「今からか?」 「あの、勿論無理にとは言いませんが……最近準一さんはどこか思い詰めているように見えたので」  その言葉に、少しだけ驚いた。  自分がそんな風に見られているとは思ってもいなくて、そして、こうして自分を気に掛けてくれるやつがいるということに。  ここ最近罵られたり嘲笑われたり泣かれたりしてただけに純粋な気遣いに感動してしまい、言葉が出なかった。  その沈黙を悪く取ったようだ。 「す……すみません……余計なお世話でしたね」 「いや、別に……そんなことないぞ」  いや、違うだろう。 「ありがとな。……気遣ってくれて」  こうして面と面向かってお礼を口にするのはやはり慣れず、顔が熱くなる。  どうもこうも畏まったやり取りは擽ったくて仕方ないが、それでも、嬉しそうに笑う奈都に言ってよかったと思わずにはいられなかった。  しかし、そんな憩いの時間も束の間のことで。 「は?二人でどこ行くんだってー?」  背後、どさりと背中からのし掛かってくるその人影に全身が緊張した。  耳元で聞こえてきたその幼さの残る声に血の気が引く。 「……っ!」 「俺も連れて行ってよ~奈都くーん」  言いながら、背中からしがみついてくる幸喜に目の前の奈都の表情が一変する。それは俺も同じで。  一瞬、思考停止した瞬間、伸びてきた手に手の中のカメラを取り上げられる。 「あ、おい……!」 「へえ?これ、カメラ?随分薄っぺらいな~」 「返せよっ」 「やーだね」  咄嗟に取り上げようと幸喜の胸倉に掴み掛かるが、幸喜の姿は霧散する。  そして背後から聞こえてきた声に振り返れば、 「ほら、はいチーズ!」  カメラを構えた幸喜の掛け声とともに、視界がフラッシュで白くなる。 「んなっ」  撮られた、と気付いた時にはもう遅い。  したり顔で笑いながらカメラの画面を覗き込む幸喜に青ざめた時だ。 「ん?……これって……」  ほんの一瞬、幸喜の表情から笑みが消えた。  何が写っていたというのか、気になったが、それよりも。 「おい……」 「幸喜ッ!」  返せよ、と言いかけた矢先、奈都の怒鳴り声にギョッとする。  俺よりも不快感を顕にしている奈都の血相はこっちがビビりそうになるもので。  しかし、幸喜は特に慌てる様子もなく寧ろ楽しそうに笑うばかりで。 「うわ、奈都君マジギレじゃん。にーげよっと」 「この……ッ!」 「あっ、おい、奈都……!」  消える幸喜の後を追うようにして、奈都もその姿を消した。  一人残された俺はというと二人の後を追うにしろどこに行けばいいのかも分からずその場から動けずにいた。  先程の幸喜の態度が気がかりで仕方なかった。  何が写ってたというのだろうか。  想像も出来ないが、どちらにせよあのカメラを取り戻せば分かることだ。  とにかく、二人を追おう。そう、足を踏み出た時だった。  不意に、目の前に立ち塞がった何かにぶつかる。  顔を上げれば、そこには藤也が立っていて。 「藤也?」 「……準一さん」  唐突な藤也の登場に戸惑ったが、こいつの神出鬼没っぷりも奈都に負けず劣らずだ。  相変わらず何考えてるかわからない無表情だが、それでも調子が悪そうでも機嫌が悪そうでもない。 「これ」  何かあったのだろうか、と思っていると、不意に藤也が何かを差し出してくる。  奴の手の中には見覚えのある機械がちょこんと載っていて。  間違いない、それは幸喜が捕っていったカメラだ。 「どうして、これ……」 「……そこで拾った」 「……」  あいつ、投げ捨てやがったな。  カメラは壊れていないが、だとしたら今頃奈都は幸喜と無駄な鬼ごっこをしているのだろうか。  申し訳なく思う反面、あっさりと取り戻すことが出来安堵する。 「……わざわざありがとな」  そう言えば、「別に」とそっぽ向く藤也。  別にあんたの為じゃないとか言うのかと思っただけが、少しは素直になってくれたのだろうか。相変わらず口数は少ないが、嘉人との一件で避けられたかと思いきやまたこうして話してくれることを嬉しく思う。  思いながら、俺は写真のフォルダを開いた。  先程の幸喜が撮った写真を確認しようと思ったが、どういうことだろうか。  確かに一枚、幸喜が撮ったであろう写真はあるのだがフォルダの左上、その画像は画面一面黒に塗り潰されていた。  もしかして暗すぎてこうなったのかと思い拡大しようと画面に触れるが、何度押しても拡大出来なかった。  新手のバグかと思ったが、そもそも自分がバグのような存在だということを思い出し居た堪れなくなる。  まあ、こういうこともあるよな。思いながら、カメラから顔を上げた時。 「……」 「……」  藤也と目があった。  じーっとこちらを見ては無言で佇んでる藤也に驚かずにはいられない。  だって、いつもなら用件を言い終えればさっさといなくなるのに。  また怒らせたのだろうかとドキドキしたが、俺はやつの視線が手元のカメラに向いていることに気づいた。  ……もしかして、こいつ。 「……カメラに興味あるのか?」  恐る恐る尋ねれば、ぴくりと藤也が反応する。  そして、僅かな沈黙の末、藤也はこくりと頷いた。  俺は驚いた。あの藤也が「は?勘違いしないでよそんなんじゃないし」とか「自意識過剰」とか言い返さずに素直に頷いてくれたことに。  けれど、この場合はどうしたらいいのだろうか。  何かを期待するかのような目でじっと見詰められれば無視するわけにもいかない。  でもまあ、無視する必要もないけれど。 「使ってみるか?」 「……いいの?」 「壊すなよ」 「……あんたと一緒にしないでよ」  その言葉にはムッとしたが、心なしか藤也が嬉しそうに見える。無表情だが。  花鶏もそうだが、やはりこういう機械に興味があるのだろうか。  思いながらも、俺は藤也にカメラの使い方を教えようと思ったのだが「あんたに教わることなんてない」と突っぱねやがったのでそのまま渡すことにした。 「藤也、写真とか好きなのか?」 「……別に」 「別にって」 「けど、面白い」 「……」  それが好きだっていうことじゃないのか。言い掛けて、口を紡ぐ。楽しんでるならそれでもいい。  しかしさっきから何を熱心に撮っているのだろうか。  気になってカメラを覗き込めば、画面に映るのは観葉植物の緑。 「お前は……植物ばっかり撮るのな」 「文句ある?」 「そういう意味じゃねーよ。……ねーけど、他の奴らは建物とか人とかばっか撮るから」  植物と言っても枯れかけたものだが、いつもカメラを持ち歩いている仲吉は人か曰く付きのものくらいしか撮っていなかったからなんだか新鮮だった。 「興味ない。フィルムの無駄」  そして、ぷいっとそっぽ向いた藤也はそうバッサリと切り捨てた。 「ああ、なるほどな」そういうタイプな気はしていたので特に驚かなかった。  というか、フィルム式じゃないのだが、いちいち説明するのも面倒だ。 「あ……蝶……」  そう一人考えていると、ふと藤也はふらふらと歩き出した。  蝶?こんな時間に?  なんとなく引っ掛かり、藤也を追いかけようとした時だった。 「準一さん!」  奈都だ。  名前を呼ぶ声が聞こえ、振り返ればすぐ背後に奈都がいて驚きのあまり声を上げそうになる。

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