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 意識がなくなっていたのは短い間のことのように思えた。  このまま寝ていたら今度こそ殺されるのではないか、その恐怖で飛び起きた瞬間だった。 「おーうじ、いつまで寝てんすか」  そこにいたのは先程まで人を女のように抱いていた憎たらしい金髪の軍人でもなければ紫色の猫でもない。赤い軍服に身を包んだ見覚えのある若い男がそこにいた。  緊張感のない声、やる気のなさそうな表情。それでも服越しでもわかる筋肉の厚み。  この男は、確か。 「さ、いす……」 「覚えててくれてたんですね、俺のこと」  嬉しそうにするわけでもなく、立ったままこちらを見下ろしていたサイスは面倒臭そうに息を吐く。 「それにしても……ひどい格好すね。その調子で食事とかできるんすか?」  そう、サイスに指摘されて気付いた。ベッドの上、一糸纏うことすらしていない己に。  そして腿から腰へと張り付いたあの男の忌々しい手の型に全身が煮えたぎるようだった。 「っ、な……!」 「あー、いっすよ別に俺そういうの引かないし偏見とかもないから照れとか大丈夫なんで」 「そ、ういう問題では……っ! 出ていけ!」  そうシーツを慌てて掴んで体を隠せば、露骨に溜息を吐いたサイスはこちらに背中を向ける。 「誰にも言いませんて。それに、ジャックさんの手グセの悪さも俺達慣れてるんで」  エースはこの男のことを戦うこと以外に興味のない馬鹿だと言っていたが、それは間違いないようだ。僕は本位ではないにも関わらず仮にもアリスと婚約していて、時期女王になるという立場だ。そんな僕がジャックと寝たと、合意ではないとしてもその事実を知った上でこの態度は他人なら有り得ない。  顔色一つ変えないこの男が異常者としか思えないが、それでも本気でアリスに告げ口するつもりもないのだとわかってしまいなんだか酷く疲れる。 「……いいから出ていけ、着替えたい」 「わかりました。けど、このあとアリス君から王子……あー、クイーンって呼んだほうがいいっすか?」  アリスを君呼びだと?と呆れる暇もなく尋ねられ「やめろ」と即答すれば「はい」とサイスは背中を向けたまま指でマルを作ってみせた。オーケーということらしい。仮にも元雇い主の立場である僕に対してハンドサインだと、とまた顎が外れかけるがこの男の一挙一動に突っ込んではキリがない。 「……取り敢えず、アリス君が王子と朝ご飯食べたいから呼んできてって言われて……あー、ジャックさんはキングのところ……えーと、キングがアリス君になったんだっけ……王子のお父様のところに呼ばれたんで行きました」 「……ッ!」 「んで、その間の警護は俺にやれと。……ま、王子といたら確実にあいつも来るから俺としては全然いいんですけどね」  ……つまり、サイスがジャックの代わりに着くということか。ジャックのような暴漢よりかは遥かにましだが、それでも別の意味で大丈夫かとも心配になる。 「……お前は、エースが来たら殺す気か?」  こんなこと聞く意味があるのかわからなかったが、思わず僕はサイスに尋ねていた。やつは微動だにせず「ええ」と頷いた。 「だってあいつも俺の首狙ってくるだろ」  ……それもそうだな、と納得する。男同士の熱い友情というものについて僕はよくはわからないが、それでもこの二人のような奇妙な友情もあるのだろうと思った。 「じゃ、俺部屋の外で待ってるんで。用意終わったら呼んでください。……あ、白ウサギ先生必要なら呼びますけど」 「……いい、不要だ」 「わかりました。じゃ、またあとで」  失礼します、と寝惚けた声のままサイスは部屋を後にした。ちゃんと最後まで背中を向けたままだったが、やつに忠誠心というものがあるのかどうかは未だ謎だ。  何故ジャックがあの男に呼び出されたのかだとかチェシャはどこに消えたのかだとか色々気になることはあったが、それよりも問題はこのあとだ。  ……こんな体であの男の顔を見ながら朝餉を取れというのか。  気は滅入る一方だが、今はあの男の対処について考えることが優先だ。 「……風呂に入りたいな」

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