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06

 食事を終え、アリスは僕を食堂から連れ出した。  隣を歩くアリスと背後が付いてくるサイス。  逃げ出そうと思ったが、現役の兵隊相手に敵うとは思えなかった。  アリスはこれから衣装部屋へ向かうと言った。  見慣れたはずの通路なのにまるで知らない場所を歩いているような違和感。  その原因はすぐに分かる。つい先日、三日月ウサギやエースが切り捨てた兵隊たちが当たり前のように城内を彷徨いているのだ。――ディーやダムと同じように、まるで当たり前のように。  そんな中、アリスが向かおうとしてるところがどの衣装部屋を差しているのか気付いてしまう。 「っ、待て……僕の衣装部屋はここじゃない……ここは母様の……ッ」 「『女王』の衣装部屋なんだろ? ……なら、なんら問題ないだろう」  薔薇と蔓を模した重厚な木製の扉の前。そのドアノブに手を伸ばそうとするアリスを止めようとするが、間に合わなかった。  サイスに止められたと同時に扉が開く。  記憶の中では、私室同様赤と黒を基調に揃えられていたその衣装部屋は母様が専属の仕立て屋に作らせたドレスで埋め尽くされていた。母様の自慢のドレス、母様の大好きな薔薇の匂いで埋め尽くされていたはずのその衣装部屋はあまりにも僕の記憶とは掛け離れていた。  母様の自慢のドレスはなくなっていた。その代わり、だだっ広く何もないその衣装部屋の中央には三着のドレスが飾られていた。  血のように赤いフリルに覆われたドレス、闇を溶かしたようなまっ黒なドレス。そして、暗い部屋の中では酷く浮いた白く淡いウエディングドレス。  ――どれも、母様のものではない。 「っ……」 「ほら、ロゼッタ。どうだい? 君に似合いそうなものを選んだんだ、さあ早速着替えてみせてくれ」 「……ここに……」 「ん?」 「……っ、ここにあったドレスはどうした……ッ?」  握りしめた拳に力が入る。こうでもしなければ手の震えが止められそうもなかった。  僕の問い掛けに「ああ」とアリスは思い出したように微笑む。 「捨てたよ。……あんな古臭くて下品なドレス、君には似合わないだろうからね」  腸が煮え繰り返る。全身の血が頭に昇るのがわかった。  ――分かっていたはずだ、分かっていた。この男はこういうやつなのだと。 「……っ、どこに捨てた」 「ロゼッタが眠っている間にジャックに燃やしてきてもらったよ。多分今頃焼け炭になってるんじゃないかな?」 「…………」  「それよりもロゼッタ、ほら、どうかな? 僕としてはこの白いドレスなんて君の美しい黒髪が際立つと思ったんだけど……」  そう、マネキンからドレスを外したアリスはその純白のドレスを僕の前に翳す。 「ああ、ほら、思ったとおりだ」と嬉しそうに破顔するアリス。 「君はやっぱり白がよく似合……――」  アリスの手からドレスを奪い、僕は食堂で盗み持ってきたナイフでそのドレスを引き裂いた。殺傷力などない、それでもよかった。すぐにサイスに腕を掴まれ、ドレスから引き離される。 「何やってんすかあんた……ッ」 「アリス、僕はお前と同じことをしてやったんだ、アリス……ッ、お前と同じことを……っ! お前には分からないだろうな、この……ッ!」 「……、……」  気狂いが、と声を上げたと同時だった。  何が起きたのか理解してなかったのか、暫し静止していたアリスの唇が震えた。そして、大きく切り裂いたドレスを手にしたままアリスは息を漏らす。死刑宣告か、勝手にしろ。許せない、僕を、僕たちを踏み躙るこいつだけは死んでも許してやるものか。そうアリスを睨みつけたとき。  アリスは腰に提げていたナイフを取り出す。とうとう殺されるかと思った次の瞬間、アリスは僕の目の前でドレスを切り裂くのだ。何度も、布切れと化するまで何度も、白いドレスだけではなく赤いドレスも、黒いドレスも全てグチャグチャに切り裂いた。  僕もサイスも呆気取られていた。無表情で、あれほど自慢していたドレスたちも全て台無しにしたアリスは最後にマネキンの胸にナイフを突き立てる。  僕に背中を向けたまま、やつは「ごめんね」と呟くのだ。 「……また、僕は君の趣味を理解できなかった。……大丈夫だすぐにまた新しいドレスを仕立てさせよう、君が気に入るまで何度も用意させるよ」 「それが夫の役目だろう?」と笑うアリスに僕はなにも言えなかった。何一つ伝わらない、噛み合わない。  ――この男の心が見えない。

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