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07
『早速ドレスを仕立ててもらうとするよ』
そうアリスは言い残し、そのまま衣装部屋を出ていった。
荒らされた衣装部屋の中、僕とサイスは暫く動けなかった。ややあってサイスはふう、と息をつく。
「……大丈夫ですか、王子」
倒れたマネキンを起き上がらせながらもサイスは僕に目を向ける。……まさかこの男に心配されるとは思わなかった。けれど、確かにサイスの目からすれば僕は大丈夫なようには見えなかったのだろう。
「ああ……問題ない」
「……アリス君のあれは相変わらず見たいっすね、っと、勿体ねえー……生地だけでも換金すりゃ金になりそうっすけど」
「……燃やしておけ」
「あっ、王子……」
「自室に戻るだけだ」
「ならば俺も」と慌ててマネキンから手を離すサイスを手で制す。
「……部屋に戻るだけだ、逃げない」
「暫く一人にさせてくれ」とサイスに言えば、サイスは少しだけ考えるように視線を泳がせる。
「……ま、荒らすだけ荒らして出ていったアリス君が悪いっすもんね。いいっすよ、けど危なくなったら呼んでくださいね」
エースならば「絶対に駄目です」と頑なになっていただろう。いい加減な男だ、と思ったが今はそのルーズさに助けられた。
それから布切れとなったドレスを片すというサイスを残して僕は衣装部屋を後にする。
一人になれば何かが変わるとは思ってない。
寧ろどろりとした怒りは腹の奥で燻っているようだった。
原因も分かってる。全てあのイカれ男のお陰だ。
――母様、申し訳ございません。
怒りもあった、そして自分に対する不甲斐なさも。何もかもあの男に踏みにじられる、思い出も、誇りも、なにもかも。
衣装部屋を出て廊下を抜けていく。
真っ直ぐに部屋に戻る気にはなれなかった。外の空気が吸いたかったのだ。
――城内、バルコニー。
日は高く、腹立たしいほど空は澄み渡っていた。
手すりを掴み、周りを見渡す。薔薇の蔦で覆われた城壁の外はよく見えないが、その周辺には常に兵隊たちが見回りをしているようだ。
そのまま飛び降りようとすれば飛び降りることもできるだろう。逃げ出そうと思えば逃げ出せる。
手すりを握り締め、大きく身を乗り出そうとしたときだった。
「ッロゼッタ、何をしてる……!」
背後で聞こえてきた声に、咄嗟に振り返ろうとした瞬間だった。――懐かしい匂いに、温もりに全身を抱き竦められる。
そしてすぐ、抱き竦められた体制のままどさりと何かを下敷きに倒れ込んだ。
「ッ、キング、大丈夫ですか」
それからすぐ聞こえてきたその声に全身が凍り付いた。赤い着崩した軍服に眩い程の金髪。そして珍しく焦ったような顔をしたその男――ジャックは僕、ではなく、僕の下にいたその人物に駆け寄るのだ。
普段滅多に畏まった態度を取らないこの男が唯一敬語になる相手――キング。
「ああ、私は大丈夫だ。……っ、いたた……っ」
「……っ、……」
顔を上げればすぐそこにはよく見慣れた、それでいて酷く久し振りの顔があった。ずっと、探していた。聞きたいことはたくさんあった、吐き出したい言葉も、恨み辛みもあったのにその顔を見た瞬間、頭の中が真っ白になるのだ。
あまりにも何もなかったように昔のままの柔和な笑みで笑うから。
自分の妻が処刑されたというのにも関わらず、この男は――。
「……ロゼッタ、怪我はないか?」
伸びてきた厚い手のひらに頬を撫でられそうになり、咄嗟にその手を振り払う。瞬間、首筋に突きつけられるのはジャックが抜いた剣先だ。あまりにも一瞬の出来事だった。薄皮数ミリ先に感じる金属特有の冷気に全身の神経が一気に尖る。
ジャックの表情にいつものニヤケ面はない、無表情で僕を見下ろすその目は処刑人の目だ。
「…………ジャック」
キング――父は、そうただ一言ジャックの名前を呼んだ。それが合図になった。剣を下ろしたジャックはそのまま鞘へと収める。キン、と響く金属音。僕はその場から動くことができなかった。
「……久し振りだな、ロゼッタ。……なかなか顔を見せることが出来ずすまなかった」
もしかしたら、僕は心の底でどこかでまだ信じていたかったのかもしれない。本当は全てアリスが仕組んだことで、王も脅されていたのだと。けれど、この男は母に対する詫びもなかった。ただの一言も、母のことを詫びることも悲しむ顔も見せなかった。
――僕にとっては、それだけで十分だった。
怒りと不快感、吐き気のあまり声を発することすらもできなかった。
「……ロゼッタ?」
何故、何故なのか。何故、母上を見殺しにした。何故、アリスに王位を継承した。何故、何故……。
言いたいことはいくらでもあった、殺してやりたいと思った。それなのに、実際本人を前にすると失望の方が大きくて――声すら出ない。
「どうした、ロゼ……」
ロゼッタ、と伸ばされた手を振り払う。乾いた音が辺りに響いた。
「……どうして……っ」
「……ロゼッタ?」
「貴方は、笑っていられるのですか……」
この状況に、この有様に。絞り出した言葉に、キングの表情から笑みが消える。
ぶん殴ってやりたい気持ちだったのに、いざ顔を見たらあまりのバカバカしさに心臓の奥から冷たくなっていくようだった。
やつが何かを言い出す前に、堪らず僕はキングを突き飛ばしてその場から逃げ出す。
「おいッ!! ……クソ……ッ、ご無事ですか、キング」
「ああ……ああ、大丈夫だ、これくらい。……それよりも、ロゼッタを……」
「どうなさいますか」
「……何もしなくていい、けど、また危ない真似をするかもしれん。……目を離さないでいてやってくれ、あの子は周りが見えなくなりやすい」
「……は」
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