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 自分以外にもこの世界に違和感を覚える人間がいた。その事実だけでも、僕からしてみれば一筋の光のように思えた。  けれど、 「サイス、お前……思い出したのか」 「っ、待ってください、じゃあ……なんだこれ、なんで、あいつは」 「サイス」 「……っ、ぅ」  サイスの様子がおかしい。  青ざめたまま口を手で押さえるサイス。どうしたのか、と咄嗟に駆け寄ったとき、その頬が膨らむのを見た。そして次の瞬間、溢れ出すものを抑えきれずに「おえ゛っ」とその場で嘔吐するサイスにぎょっとした。 「おい、大丈夫……じゃなさそうだな」  床の上、蹲っては人の寝室を吐瀉物で汚すサイスの広い背中を摩ってやる。  僕だってここまで吐くことはなかったぞ。  自分よりも取り乱す人間がいれば冷静になれるとは言うが、まさにその状態だった。 「は……頭ん中キモ……ッ、なにこれ、王子……」 「安心しろ。お前は正常だ――おかしいのはこの世界の方だ」  転がるエースの首を抱き抱え、僕は一先ずサイスの吐き気が収まるのを待ってやることにした。  それから、サイスの記憶がどこまで蘇ったのかを確認するつもりだった。 「お前はアリスのことを覚えてるのか」 「……ええ、まあ。けど、どうして。ここではアリスなんて人はいないし王子はクイーンで……」 「そのことについては僕もよく分かっていない。ただ分かることはここはアリスが作った世界だということだ」 「……は?」  ただでさえ普段から頭を使うことを極力避けようとする男だ。そんな相手に、ただでさえややこしいこんな状況を一から説明するのは簡単なことではないだろう。 「アリスには妙な力がある。自分の思い通りに世界を作ることが出来ると言っていた。……けど、あいつの状態がその世界に大きな影響を齎せているようだ。そして、この世界はそんなあいつが生み出した不完全な世界のひとつだ」 「あー……待ってください、じゃあ王子はなんでそんなこと知ってるんですか」 「アリス本人とチェシャ猫に聞いた」 「……」  げっそりと疲れ切ったような顔をしたサイスがこちらを見る。 「あんた、一体何なんですか」とぽつりと呟くサイス。そんなの、こっちが聞きたいくらいだ。  とにかく、とサイスから手を放し、僕は立ち上がった。 「……とにかく、この世界がアリスの作った世界だと知っているのは僕しかいなかった。誰一人、違和感を覚えることもなかった」 「お前以外な」とサイスと見下ろせば、まだ状況が呑み込めていないらしいサイスは「まじか」と小さく呟くのだ。  そして、そのまま僕の腕の中のエースを見上げる。 「……そいつは、じゃあまじで死んだってことっすか」 「前いた世界ではな」 「ってことは……」 「僕は見てきた。死んだはずの兵も、あいつの意思次第で何事もなかったように仕事をしているのを」 「……なんだそりゃ、滅茶苦茶じゃねーか」  ぼそりと吐き捨てるサイスの言葉を聞いて、なんだか初めて自分の置かれた状況を客観視できたようだ。 「――そうだな、無茶苦茶だ」  あの男の思い通りにはならない――そのことだけを念頭に置いてここまでやってきたつもりだったが、サイスの言う通り相手の存在が常識を逸脱している。  改めてその事実を突き付けられようとも僕の考えは変わらない。寧ろ、こうしてサイスの 記憶を蘇らせたことで希望の光が差したのだから。

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