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 どれほどの時間が経ったのだろうか。  眠れる気分でもなかったが、取り敢えずサイスを待つ間身体を休めるためにベッドで休息を取る。  そしてエースを抱えたまま目を閉じていたときだ。不意に部屋の扉が叩かれた。 『おう――クイーン、よろしいでしょうか』  聞こえてきたのはサイスの声だ。妙に畏まってるのが気になって身体を起こす。「ああ、構わない」とだけ返せば、『失礼します』と扉が開かれた。  そして、息を飲んだ。 「…………」  扉から入ってきたサイスは何故か両手を上げていた。そして、その背後に影を見る。  サイスとは違う黒い軍服に身を包んだその男は、じっとこちらを見ていた。    ――ハートのエイト。  女王の命に従って動く、諜報・暗殺を主だった特殊部隊の男がそこにいた。  あの日の夜、こいつは僕に銃口を向けていた。けれど、今は違う。サイスの後頭部に銃口を突き付けたままエイトは僕の前へと姿を現したのだ。 「……失礼します、我らがクイーン」 「……これは、どういうことだ」 「この男がキングの部屋の前で不審な動きをしていたので。……捕らえました」 「違いますよっ、俺はただちょっと探し物をして――」  そう、両手を上げたままサイスが反論した次の瞬間、サイスの首にエイトの手刀が入る。ぐるりと白目を剥いたサイスがその場で気絶するのを見て、僕はただ唖然としていた。  噂には聞いていたがこの男、肉弾戦も得意なのか。サイスがここまで翻弄されているとは。 「……如何なさいますか、クイーン」  ぎょろり、と二つの目玉がこちらを向く。軍帽の下、目元は影になってよく見えない。  見えたところでこの男に隠すような腹はない。この男は敵になれば厄介そのものではあるが、その行動原理はシンプルなものだ。  ――クイーンのために罪人を裁く。  それだけなのだ。 「放っておけ。……嘘を吐けるほど器用なやつでもない、本当に落とし物をしたんだろう」  そのまま足元のサイスの首根っこを掴んだエイトは「了解」とだけ呟いた。そして、今度はその二つの目をぎょろりとこちらへと向けた。 「なんだ、まだ何かあるのか?」 「……キングがお呼びです、クイーン」 「…………気分が優れないとでも言っておいてくれ。僕は休む」  あの男、サイスだけではなくエイトにまで言うなんて。  余程暇なのか、と呆れたが、取り合う気にもなれなかった。とにかくさっさとエイトに部屋から出ていってもらいたい。  生きてるのか死んでいるのかも読みにくい男だが、だからこそ得体の知れない恐怖を幼い頃からこの男には抱いていた。  ――寝室に置いてきたままのエースの頭が心配だった。 「寝室になにかあるのですか」    矢先、僕の思考を読み取ったように寝室に目を向けるエイトに背筋が凍り付く。 「……っ、不必要な詮索は不敬だぞ、エイト」  ざわりと心臓の奥に嫌なものが走り、咄嗟にエイトを睨めば、やつは「失礼しました」と頭を下げる。 「さっさとそれを連れて出ていけ。……キングに言伝は任せたぞ」  了解、とだけぼそりと呟き、エイトはそのままずるずるとサイスを引きずって僕の部屋を出た。  たった数分のやり取りだったのに、寿命がいくらか縮んだような気がする。  僕がクイーンになったとしても、あの男を飼い慣らせる気はしない。  改めてあの男の手綱を握っていた母の凄さに気付かされながら、僕は寝室へと戻る。  ――サイスとは、また明日にでも話そう。  今のエイトのやり取りで、辛うじて堰き止めていた疲労がどっと襲いかかってきたようだ。  念の為、エースの頭は布で包み、部屋のクローゼットの奥へと仕舞い込んだ。そして、そのままベッドに潜り込む。  その日の夜は普段以上に長く感じた。

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