──ここが地獄か。 　肉の焼ける臭い。腑が引き摺り出される音。人々の絶叫。血が迸る感覚。 　火の手は直ぐそばまで来ていた。忍び寄る死の影に、 罗雨京(ルオユージン)は小さく身震いした。 「罗様！貴方だけでもお逃げください！」 「それでは──」 「貴方様はまだ五歳になられたばかりです。貴方様さえ生き残ることができれば、我らが門派は滅びませぬ」 「ッ…わかった。 祁兰(チーラン)また外で…会おう」 　それが叶わぬことは、五歳の彼にもわかっていた。自分を逃してくれた家僕がどうなるかなど、想像に容易い。 　罗雨京は祁兰を置いて、廊下を駆け出した。 「罗雨京……お元気で……」 　罗雨京は祁兰が命を掛けて守ってくれたその身一つで隠し通路を抜け、門派の敷地の外へと出る。 　何処に追っ手が居てもおかしくない。少しでも遠くへ行かなければ。 　父上、母上、沢山の門弟達。そして祁兰……自分以外の命、全てが散ってしまった。たった一夜で。それも蝶がまたたくほどの時間で。 　何もわからない。一体誰が門派を滅ぼしたのか……一体誰が俺の家族を殺したのか……兄弟同然に育った祁兰を…… 　罗雨京は小さな身体で、山を降り街へと走る。 　彼のまだ丸い頬には、細い川が流れていた。 《不要逞正义》