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第2話

 凄惨な一夜から七日後。   罗雨京(ルオユージン)は放浪の末故郷から離れた街、高城に辿り着いた。高城はこの辺りでは一際大きい街で、人や物だけでなく情報を集まる。その事を、聡い罗雨京は知っていた。それと同時に、望みをかけてここまで来たのだ。  一大門派の嫡子だったとはいえ罗雨京はまだ幼く、境界は練気期だった。その上ほぼ不眠不休、ろくな物も口にせず此処までやって来た為、いつ行き倒れになってもおかしくない。身なりもボロボロで、既に身体は悲鳴を上げていた。  だがこの街で何か得ることができれば……  その時、聞き慣れた単語が耳に飛び込んできて罗雨京は目を見開く。 「そういえば聞いた?あの在光上が滅ぼされたって……」 「聞いたわ。まさかあんなに義気に溢れた門派が滅ぼされるなんて。一体誰がやったのかしらね」 「決まってるでしょ?あんなことできるのなんて、阎纪しか居ないわよ!」 「阎纪ってあの魔尊の?冷酷無慈悲って噂は本当なのね」 「そうよ。しかも見た目まで醜くて最悪なんだって……」  彼の曹灰長石のような瞳が鈍く反射した。  それは願ってやまなかった、何かの情報だった。 『 阎纪(イェンジー)』  これが仇の名前なのか…?   いや、わからない。こんなの噂話でしかない。だが手掛かりにはなるかもしれない。  彼女達に話しかけて詳しく噂を聞こうと思い道を渡った時、突然現れた人にドッとぶつかり倒れ込んだ。 「ガキ!邪魔だよ!」  罗雨京は勢い余って転がり建物に頭部が当たって、ガツッと音を立てる。頭がぐらぐら揺れて、天地が回った。  ぶつかった中年の男は見知らぬふりをして、さっさと立ち去ってしまう。  薄れ行く意識の中、視界に映り込んできた人がいた。  新月の夜を溶かしたように黒く長い髪、そして金色こんじきの瞳──  そこでぷつっと記憶が途絶えた。 ・・・ 「ゔ……」 「あっ、師父!起きたみたいですよ」 「うるさい。騒ぐな」  じわりと脳に染みてくる言葉はぼんやりとしていて、その後に続いた、はぁ…というため息だけがハッキリと聞こえた。  罗雨京が重い瞼をなんとか引き上げると、眼前には天井と少年がいた。  彼は十五歳くらいの少年で、可愛らしい顔立ちをしている。黒目がちの瞳が目を引いた。一つに結ばれた髪がぴょんっと揺れて、彼が愛らしく笑う。 「おはよう、気分は大丈夫?微動だにしないから死んじゃったかと思っちゃった」 「?……俺は……」 「師父が拾ってきたんだよ。猫だけじゃなくてついに人まで拾ってきたから、焦ったよ」  師父……?  ここはどこかの門派なのか……?  罗雨京は寝かされていた牀からゆっくりと起き上がり、少年から目を離し隣の男を視界に映して、息を呑んだ。  その男は、正に人外の様に美しかった。  高い位置で一つに括られた黒髪は顔周りが編み込まれていて、さらさらと肩から流れ落ちている様はそれだけで風雅だ。柳叶眼に閉じ込められた月のような瞳は縦に瞳孔が開き、妖しく揺らめいている。薄く色付く唇の山はきゅっと持ち上がり、艶っぽい。頬には紋様のようなものが入っていた。  修真者は見目麗しい者が多く、一大門派の嫡子だった罗雨京は自然と見慣れていたが、それでも目の前の男は異常な美しさで若々しい。傍目には二十代位に見えた。  だがあまりにも見つめていたからか、その男はチッと舌打ちをして冷ややかに言い放つ。 「クソガキ、用もなく人を見るのは失礼だと躾けられなかったのか」  男の美しさとは反対の毒々しさに、罗雨京は度肝を抜かれる。  彼の属していた在光上は礼儀正しさを重んじていた為、このような人に出会った事もなければ、話したことすらなかったからだ。 「…っ失礼しました」  慌てて目を逸らすと、隣に居た少年が口を挟む。 「もう、師父!口汚いですよ」 「……」 「そうだ、君はこれからどうするの?」 「俺は……」  どうするも何も、罗雨京には行く当てもなければ頼れる人も居ない。  返答に困っていると、男が予想外のことを口にした。 「ここの門弟になればいい」 「……良いのですか」  罗雨京からすれば助かる事この上ないが、何か裏があるのではと訝しんでしまうのも事実だ。  悩んでいると、ああ…というような表情をされる。 「拾ってきてしまったのだから面倒は見る」 「師父は何だかんだ優しいですよね」  そうだ、この男が俺を助けてくれたのは事実だ。ならば信じてみたって…… 「あの、助けてくださりありがとうございました。俺のことを弟子にしてくださいませんか」  罗雨京が頭を下げると、男は頷き、名前は、と口にする。 「罗雨京と申します」 「私は阎纪だ。生活の詳しいことはそこにいる 蔡叶(ツァイイエ)に聞け。お前の師兄になる」  罗雨京はその言葉に、束の間身動きが取れなくなった。  聞き間違えなどではない。確かに聞こえたのだ。  阎纪と!

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