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KON KO KON

 『狐の嫁入り』という風習は珍しいものではなく、祖母も狐だった。三軒隣のじいさんの嫁も狐。その五軒隣のじいさんの嫁も狐。狐といっても狐の耳や狐の尾があるわけではない。見た目は普通の人間の女性だった。伝承や怪異などのように化けるということもない。  狐の祖母と人間の祖父の子供である父は普通の人間で、普通の人間の女性を嫁に迎えた。どこの家も似たようなものであり、この小さな町では男しか産まれない。男しか産まれず血も絶えそうになり困り果てた先祖が狐を嫁に迎えたというのが始まりだとは言うが、本当かどうかはさっぱりだ。今でもそれは続いているらしく、狐ではなく、狐の血を持つ女性を嫁に迎えるという風習が数百年続いている。本当かどうかは、さっぱりだ。狐のようなじじい達に騙されているだけかもしれない。おそらくそうだろう。俺はそんな話、ちっとも信じてはいないし興味もなかった。  だから「きっとかわいらしい狐のお嫁さんがいらっしゃるのでしょうね」などと言った母の言葉などとうの昔に忘れ去っていたのだが、盆休みに実家へ帰省したその日の夜現れたのだ。狐の行列が。 「不束者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」  赤い番傘の下、目元と口に紅を差し、白無垢姿の人間が指を揃えて腰を折った。頭から生える耳と揺れる尾は紛うことなき狐のもので、祖父母は「おやまあ! あいらしいお狐さまだこと!」と声を上げて喜び、母も「お義母さま、これは本物の耳ですか? なんてかわいらしい」と声を上げて喜び、父と俺は困惑した。こうして目の前に現れるまでは、父も俺も信じていなかったのだ。『狐の嫁入り』などというものは、子供に聞かせる寝物語のようなものでしかないと。  美しい狐はにっこりと笑った。  こうして嫁が突然できたのだが、この嫁、実は女ではなく男だった。これはめでたいと町の住人が集まり休みの間どんちゃん騒ぎが続き、実家から帰る日の朝になって判明したのだ。 「里長さまからは、お前はかわいいから大丈夫だと! おれもそう思っています!」 「どんな自信だ!」 「いいじゃないか。どうせお前は女に興味がないんだから」 「そういう問題か?」  家族に自分が同性愛者なのだと告げたのは高校を卒業した日だった。特に驚かれることもなく、祖父母も両親も「あっ、そう」という反応で、逆に俺が驚いたくらいだ。その頃には、町を出ていた兄夫婦に子供がふたりいたから俺に興味がなかったのかもしれない。  『狐の嫁入り』という風習も俺には関係ないと思っていた。『狐の嫁入り』という風習が本当に存在したとしても、狐の嫁など手に余る。勘弁してくれと思ったから念のために町を出たというのに、軽い気持ちで帰省した夜に狐の嫁を貰うことになるなど。それも耳と尾を生やした狐だ。どう断るべきか、あのどんちゃん騒ぎの中でひとり頭を抱えていた。それが女ではなく実は男だと言われて断る理由がひとつ奪われ、違う意味でさらに頭を抱えた。 「だいたいこの姿でどう連れて帰ればいいんだ。困るぞ」  新幹線で帰る予定だったのに、耳と尾を生やした人間のような狐など連れて歩けるはずがない。それこそ怪異だ。全国ニュースで取り上げられるに決まっている。苦し紛れで言うふたつめの理由。もうひとつはペット不可のマンションだというこれもまたかなり苦し紛れの言い訳。 「そのわりにずいぶんと気に入っているみたいね」  呆れたように笑う母の言葉に、頭から生えている狐耳を軽く引っ張ったり撫でたりしている手が止まる。気に入っているのではなく、これは──そう、人間としての本能だ。目の前に確かに存在している狐耳には抗えない。触ってみたら思ったよりもふわふわの毛だったのだ。動物アレルギーで動物に触ることも近付くこともできない俺からすれば、こんな機会はない。動物の毛とはこんなにもふわふわしているのかと感動さえ覚えた。  正直に言えば、目の前で揺れる尾にも触れたい。 「それならご心配なく。ちゃんと仕舞えます」  大人しく触られているだけだった狐がそう告げた瞬間、耳と尾が目の前から消え失せた。 「余計なことを……」  俺が舌打ちをすると、 「さっき、困るとおっしゃったので……」と、俺の顔を見て母の顔を見ておろおろし始めた狐に対して、身勝手な理由をつけてこの場を抜け出そうとした罪悪感が増す。  遠く離れた狐の里から、しかも男のところへ嫁入りなど、俺だったら絶対にごめんだ。それなのに文句ひとつ言わず、こうして全てを受け入れようとしている狐のなんという器の広さか。 「俺が悪い! すべて俺が悪い!」  新幹線がなんだと言うのか。ペット不可のマンションがなんだと言うのか。 「俺はお前を嫁にするぞ」 「え、あ、はい。そのつもり、でしたよね……?」  こてんと首を傾げて言った狐に、今そういう気になったと言えるはずもなく、俺は「そうだ」と何度も頷いた。

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