6 / 12

第6話

恋人のように優しく抱かれた翌日。 目が覚めた俺は隣で眠ってる秦野を見て、一気に現実に引き戻された。 結局、昨夜は連絡を入れることも叶わなかった。秦野が眠ってる隙に帰ろうかと思ったが、身じろいだ瞬間、秦野の腕に腰を抱き寄せられた。 「……雨崎、どこに行く気だ?」 寝起きの秦野の声は、別人のように低く、不機嫌そうだ。こっちの秦野が素なのだろう。体が強張る。「トイレ」とだけ言えば、秦野ものそりと起き出す。 そして、「トイレならこっちだ」と俺を連れていくのだ。あくまで俺を一人にする気はないらしい。俺は、誘導されるままトイレに入る。俺の家のトイレよりも広い、下手したら風呂場くらいあるんじゃないかってレベルのトイレの奥、便器がぽつんと置いてある。秦野は当たり前のようにトイレの中に入ってきた。 「先生、出ていってください」と睨めば、秦野は「まだ俺の事を先生って言うのか」と自嘲気味に笑う。そして。 「雨崎、このまましろ。……昨夜あんなに色んなもの垂れ流してたんだ、これくらい平気だろ」 心無い言葉に、耳まで熱くなる。屈辱的だった。昨夜秦野に前立腺を執拗に責め立てられ、初めて潮吹きをしたことを思い出す。あまりの量に漏らしたのかと驚いたくらいだ。それに、それとこれはまるで違う。 「雨崎、やれ。……それとも、このまま洩らすか?……俺は別に構わんぞ」 そう、腕を組み、扉の前に立つ秦野に舌打ちする。この変態教師が。何が皆の秦野先生だ。とんだド変態だ。この男は本気で俺が漏らしても構わないと思ってるのだ。吐き気がする。俺は、半ばやけくそになりながら性器を取り出した。そして、秦野の視線を受けながら、便器に向けた。見られてるとわかったからか、思うように催さない。 「……出ないのか?」 背後から伸びてきた手に性器を握り込まれ、ぎょっとした。大きな掌に性器握られ、その指先は器用に皮を剥き、ぐ、と尿道を穿る。「ぁ、あ」と情けない声が漏れ、刺激されたそこが僅かに開いて、それからちょろりと黄色い液体がこぼれた。それからすぐ、大量の尿が便器を汚す。 「おお、結構出たじゃないか。……我慢してたのか?」 無邪気に笑う秦野に、殺意を覚える。なにも答えたくなかった。頭が痛い。顔が熱い。俺は背後の秦野を振り払い、性器をしまおうとしたが、秦野の手は離れない。それどころか、そのまま先端をひっかき、弄び始める秦野。その容赦ない刺激に声が漏れ、血液が集まる。 それから朝から、便所で秦野にイカされた。便器に向かって吐精した俺を見て、「ちゃんとできたな」なんて笑って頭を撫でるのだ。殺してやりたかった。 秦野が俺をこの部屋から出す気がないというのは、すぐにわかった。スーツに着替え、学校の準備をした秦野は俺を寝室に閉じ込め、鍵を掛けたのだ。「食事は備え付けの冷蔵庫にシリアルを用意してる。トイレはそこでしろ」と指さした先にあったのは、大型犬用のトイレマットだった。反論する隙も与えぬまま、秦野は部屋に俺を押し込めたまま学校に向かった。何度も扉を壊そうとした。けれど、びくともしない。窓も時計もないこの部屋では、時間感覚が狂う。俺は、秦野を待つことしかできなかった。 母親は、今頃心配してるだろうか。心配性な人だ、警察届も出してるかもしれない。ぼんやり考えてると、気付けば眠りに落ちていた。扉が開く音がして、目を覚ました。 「……悪い、起こしたな」 秦野は、ベッドの上で丸まっていた俺を見て、申し訳なさそうにした。まだ覚めきっていない頭のまま秦野を見ていた俺だったが、すぐに自分の立場を思い出した。 「ご飯、朝から食べていないのか。腹減っただろう、待ってろ、すぐに準備する」 「……あんた、自分が何してるのかわかってるのか」 「ああ、自分の受け持つ生徒を監禁してる」 平然と言ってのける秦野に、息を飲む。罪悪感なんてまるでない。それどころか、まるでそれが使命であるかのように堂々と言ってのける秦野に寒気を覚えた。 「本当はすぐに施設に渡すつもりだったが、気が変わった。……お前のお陰だよ、雨崎。お前が俺を訴えるっていうなら、俺はお前をここから出す気はない」 その声は酷く冷たく響く。汗が流れ落ちた。冗談だろう。ベッドの上、硬直する俺の傍、秦野はそこに腰をどかりと落とした。微かに薫る香水の匂いに混ざって、煙草の匂いがした。伸びてきた手に顎を掴まれ、唇を重ねられる。昨夜とは違う、触れるだけのキス。 「……それ、俺のせい……かよ……」 「ああ、そうだ。……雨崎、お前は自分のことを大事にしようとしない。多分それはお前を虐待してるやつのせいだろうが、俺はそれが見るに耐え兼ねる」 「っ、偉そうなことばっか言って、同じことしてるくせに……この犯罪者が……ッ!!」 「なんとでも言えばいい。……お前がその考え改めるまで俺はお前を出す気はない」 秦野の頬を思いっきり引っ叩く。乾いた音が響いた。避けるなり止めるなりするだろうと思っていただけに、まともに掌を受ける秦野に血の気が引く。怒られる、そう思い、体が震えた。けれど、謝りたくない。なんで俺が謝らないといけないんだ。そうぐっと堪え、次に来るであろう殴られる痛みを堪えようとしたとき、秦野に抱き締められる。 「……俺を殴ってスッキリするなら好きなだけ殴れ。お前にはその権利がある、雨崎」 ぞっとするほど優しい声。秦野は、善悪も理解していて、理性もある、それでいて、冷静な頭で俺をここに置いてるのだ。理解できなかった。まだ、アルコールに溺れたあの男の方が理解できる。俺は、なにも言えなかった。動くこともできなかった。秦野のこと、あんだけ憎いはずなのに、殴る気にもなれなかった。 固めた拳を握り締める。 雨崎は、俺を助けたいのだ。それを分かってしまった。本当は、ずっとそうだった。最初からだ。秦野は俺のことを気に掛けてくれていた。 俺が、秦野を誘惑しようとしたから、秦野は怒ったのだ。わかったら、どうしようもなく自分が情けなくなって俺は再び布団に潜った。秦野は何も言わずに部屋を出ていった。

ともだちにシェアしよう!