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第7話
秦野は料理上手だった。
レストランかと思うほどの調理器具を並べ、料理をする。イタリアンから和食まで、秦野は幅広く料理を用意してくれた。コンビニ弁当やインスタント料理ばっかり食べていた俺は、お店以外で温かい料理を食べたのが酷く久しぶりのように思えた。
秦野は、あれから俺に手を出さない。
帰ってきては俺に料理を用意してくれて、それから、持ち帰った仕事を片付けるのだ。
俺はというと一度門限を破ってしまえば、もう怖いものがなくなっていた。ヤケになっていたのだと思う。あの男からしてみれば俺は裏切り者も同然だ。二日三日もなれば、もう揺るぎない。
そして、秦野の家にきて、ちゃんと寝れるようになった。初日はひどい目にあったものの、その次の日は夢も見ないほど爆睡していた。
あの男がいないとわかるだけでほっとするのだろうか、実家ではあんなに寝れなかったのに、秦野のベッドがふかふかなこともあってか秦野に起こされなければ昼間で寝てることもよくあった。
睡眠時間がちゃんと取れるようになって、あんなに猥雑としていた思考が酷くスッキリしていくのがわかった。
お腹もちゃんと減って、秦野の手料理が美味しく感じ、四日目になると、俺は秦野におかわりをもらっていた。
日数が過ぎる。
秦野のことは相変わらずからの好きになれそうになかったが、俺はこの状況に慣れてしまっていた。甘えていた。それでも、頭の片隅では母親のことが気になっていた。
そして、秦野の家に閉じ込められて一週間。
今日は休校日だった。
秦野は俺と一緒に昼過ぎまで寝ていた。
余程疲れていたのだろうか。
いつもは先に目を覚ましている秦野は、無防備に寝顔を晒している。
あまり、秦野の顔をちゃんと見たことはなかった。
女子生徒からは爽やかな好青年だと評される顔だが、俺には、鋭利で冷たい男のように思えて仕方ない。
それは恐らく、俺に見せた一面のせいだろう。
薄く、結ばれた唇に触れる。
秦野はぴくりと眉を動かし、それからすぐに規則正しい寝息を漏らした。よく眠っている。
そこまで考えて、俺の頭に一抹の可能性が過る。
(……今ならば、この男から逃げられるのではないだろうか)
それは、淡い期待だった。
俺は、息を殺し、なるべく音を立てないようにベッドを降りる。
期待通り、秦野は気付いていない。
呑気に眠っている。
馬鹿な男だと思った。俺が逃げると思わなかったのか。
それとも、そんなこと考える余裕もなかったか。
ほくそ笑みながら、俺は部屋を出る。
それから、驚くほどあっさりと俺は秦野から逃げ出すことができた。
本当に逃げていいのかと憚れるほどだった。
だが、今しかない。
俺は、ずっと玄関に放置されていた自分の靴を履き、マンションの外へと降りた。入ってくるのには厳重なロックはかかっていたが、出るとなると簡単に出られるのだ。
車で連れて行かれるときはここがどこなんて考えなかったが、随分と実家から離れた場所まで来ていたようだ。
手持ちの金もない。歩いて帰るしかないと思うと気が遠くなるが、それでもぼさっとしていられない。
また秦野に捕まったらと思う恐怖が、俺を動かした。
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