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指輪。

 繁華街を歩きながらコートの隙間に入ってくる冷気に、十一月は秋ではなく、冬なのだと思い知らされる。  急ぎ足で向かった待ち合わせのバーに着き、古びた木製の扉を開ければ、目に飛び込んだカウンターには見慣れた男の背中があった。  グラスを拭いていた年配のマスターと目が合ったが、自分が待ち合わせで来ていると気づいたのか、ふ、と目を伏せた。 「待った?」  男の背中に声をかけながら、隣の席の椅子を引く。 「いや、俺も、今来たところ」  ふと置いてあったビールを見れば、注がれてすぐとわかり、それほど待たせていなかったことに安堵する。 「会社出るとき、捕まっちゃってさ。あ、マスター、俺もビール」  寡黙なマスターは返事よりも先に、グラスを用意し始める。  そのいつもの動作を気にも留めず、視線を戻せば、そこには見慣れないものがあった。  男の腕のすぐ前に鎮座していたのは、薄い水色のドーム型の小さな指輪ケースで、さらにゆるく組まれた男の腕の先の薬指には指輪がはめられていた。 (指輪なんてしてたっけ)  早くなる鼓動を抑えようと平静さを装い、カウンターに座りながら言った。 「何それ。いよいよ年貢を納めようってこと?」 「……まあな」  年貢を収めるイコール結婚。  その図式が簡単に浮かんでしまうくらい、今、この男は結婚に近い人間だった。

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