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結婚報告。

「部長から、見合いを勧められてる」  雅樹から聞いたのは今から一ヶ月ほど前のホテルの一室だった。  自分よりも早くベッドから起き上がり、身支度を整えているこの男とは、ついさっきまで何度もキスをして、抱き合って、一週間ぶりのセックスを楽しんだところだ。そして、三分ほど前までは、離れがたさにお互い体を寄せ合っていたのに、事が終わってしまった今は、まるで何事もなかったように友人に戻っている。 「へぇ。いいんじゃないの?」  遅れて体を起こしながら、なるべく平静を装って答えた。  ベッドの中のピロートークの延長で、その台詞を切り出されていれば、自分の反応も、もう少し違っていただろう。  雅樹とは大学生の頃からの気心のしれた友人だ。こんな関係に至ったのは、飲み会のあと酔った勢いに任せて、体を重ねてしまったのが始まりだった。  その頃、たまたまお互いに相手がいなかったことと、もとから友人としては一番気の合う存在だったことも手伝ってか、ふざけ半分にじゃれあった先の、男同士のセックスは意外に悪いものではなかった。雅樹も同じように感じたらしく、それからというもの、一緒に過ごす延長に体を重ねる行為がついてくるようになった。  大学を卒業し、それぞれ別の会社に就職した今でも、食事をしたり、時間があえば出かけたり、といった今まで通りの友人関係に加え、体の関係も続いていた。 「つーか、そういうのって上司に言われたら断れないんじゃないの?」  何も気にしていないような自分のままで、ベッドの下に落ちていたインナーシャツを拾い上げて、着始める。  雅樹は部屋の鏡で、すでにネクタイを結び始めていた。 「まぁな」  動作のついでのようでいて、内容は否定しないその返事に、ぎゅっと胸が絞られた。 『でも、見合いはしない』という答えを、知らずに自分が期待していたからなのだとわかって、気恥ずかしくなる。  普通に考えて見合いをすれば、よほど相性が悪くなければ、その先に待つのは『結婚』だろう。  そして、自分たちの関係にも終止符が打たれるであろうことは予想できる。  もともとどちらかに新しい相手ができてしまえば、自然消滅を迎えるだろうと思っていた。だから、驚きもしないし、傷つきもしないはずだったのに。  この部屋で残された作業は、この部屋に入ったときのままの姿に戻るだけなのに、視界がぼやつき、頭がまわらない。  それからは、油断すると挙動不審になりそうな自分に気づかれないようにすることに全神経を注いだ。 律儀な雅樹は、身支度を整えると、ベッドもある程度、片付ける。枕の位置を直し、最中に出たコンドームの屑を集めてごみ箱に捨てる。いつもの作業を、達也は雅樹の背後から見ていた。  気づけば、二人がこんな関係になって三年以上経過している。その間にも、数えきれないくらいセックスをしているはずなのに、自分は雅樹の体にちっとも飽きていない。二人きりでいても、スイッチが入らないと雅樹は自分に触れることすらしないが、ひとたび交われば、雅樹は達也を甘く溶かすように愛撫する。そして行為が終われば、スイッチはオフになり、ただの友人に戻る。そう、今のようにだ。  結局、その日は、見合いの話についての続きが、雅樹の口から語られることはなかった。  その日どころか、その後二回位食事をしたが、やはりその話題にはならなかった。何より雅樹の自分に対する態度は変わることがなく『今の関係は続行』と思われたが、確認はしなかった。  今さら、これまで触れなかった自分たちの関係を再確認するのが、怖かったんだと思う。このまま何も触れずに終わってくれればいい。そう願わずにはいられなかったが、今日になって雅樹から「話がある」と告げられて、待ち合わせをするに至った。  いよいよ、来たるべきときが来て、会話をする前に目に飛び込んできたこの指輪にすべての答えが詰まっているのだろう。見合いをした。結婚という選択をした。自分は、友人への報告という名目で、ここに呼ばれた。それだけのことだ。

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