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いい奥さん、とは。

「結婚とか実感沸かねーよな。俺たちもそんな年齢なんだな」  いっそのこと、こちらから話を切り出してしまうほうが話の流れで言いやすいんじゃないかと思った。このあとに続く自分の言葉は『おめでとう』で間違いない。 「なぁ。見合いの相手って、どんな娘?」  よせばいいのに、あえて詳しく聞き出そうとする自分は相当なMなんだろうか。どうせならこの際、徹底的に現実を突きつけられたい。そして、どうあがいても自分の入る隙はないと、再確認して無理やりにでも終わりにしたい。 「そうだなぁ。見た目は、どこにでもいる普通の娘だけど、料理も得意らしいし、きっと結婚したらいい奥さんになるんじゃないかな」 ーーいい奥さん。  チクリと刺さった。奥さんなんて、女にしか使えない言葉で、当然自分には適合しない。他にもまだある。嫁さん、妻、女房、これらすべて、自分との未来には不要な肩書きだ。  まだ自分たちの周りには既婚者がいない。だとすれば雅樹が第一号ということになる。雅樹にいずれ自分ではない誰かと結ばれる未来があったとしても、こんなに早いとは思わなかった。  マスターがコースターを置いたその上に、金色に輝くビールが瓶から、なみなみと注がれる。一気に飲み干してしまいたい衝動に駆られたが、自分の指先が小さく震えていることに気づき、手を引っ込める。動揺している自分に気づき、さらにこみあげてくる涙をぐっと腹の奥に押し戻す。 「開けてみろよ」  あろうことか、こつんと指輪ケースが自分の目の前に置かれる。 「は?なんでだよ」 「なんでって、おまえに早く見せたいからに決まってるじゃん」  将来を誓い合うような指輪を、本人ではない他人に見せるものだろうか。この中には約束がカタチとなって収められている。その約束は、男同士であれば間違いなく描けない、明るく輝いた未来だ。 「早く」  なぜか笑顔で急かされ、困惑する。押し込めた涙が溢れてしまわないか、心配になる。  幸せの共有というのだろうか?自分に心を許してくれているのは理解できるが、このタイミングは明らかにおかしい。こちらの気持ちなんて想像できないくらいには『友人だった』のだと思うと、ますます心がじゅくじゅくと痛む。  もう引き下がれない空気を察知して、ぐっと唇をかみ締めながらケースを開けた。

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