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第14話

「衛さん」  徹が廊下に佇む日下に気がついた。ソファ越しに振り、「衛さんも食べる?」と訊ねた。 「お前、きょうは友だちと会うって言っていなかったか?」  徹につられたように、言葉が出てほっとした。日下は徹の隣に腰を下ろすと、ガラス皿に入ったさくらんぼに手を伸ばす。  「そのつもりだったけど、友人の彼女が風邪を引いて熱を出したとかで、急遽なくなった。さっきの雨、すごかったね」  ごく自然な徹の態度を見ていると、自分が先ほど感じた戸惑いは、何かの間違いだったような気がしてくる。  先日日高に渡すよう頼まれたスイカは、すでに家にあるからと、当の日高に断られてしまった。さすがに徹とふたりでは食べきれず、ひとつは徹が近所にお裾分けをした。替わりにいただいたのがこのさくらんぼだ。冷えたさくらんぼの甘みが、じわりと口の中に広がる。しばらく無言でさくらんぼを摘みながら、日下はふと隣を見た。赤い艶やかな実を徹が口に入れ、種を取り出している。赤い実からの連想だろうか、日下の口から思ってもない言葉が出た。 「童謡でさ、赤い小鳥ってあるだろう? なぜ赤い実を食べたってやつ」 「北原白秋の?」 「そうそれ。あれっていま考えるとフラミンゴとかと同じ原理なんだよな。子どものときはそんなこと知らないから、妙に苦手だったな」  日下は小さいときから周囲に馴染まない子どもで、集団行動が苦手だった。傷つきやすく感受性が豊かで、いま思えば面倒くさい子どもだったと思う。  赤い実を食べても、周囲に染まらない一羽の小鳥。いまではさすがに何とも思わないが、子どものときはあの歌を聞くと、お前はひとりだと責められている気がした。 「苦手ってどうして?」  自分から話を持ち出したくせに、理由を聞かれると思っていなかった日下はとたんに口ごもる。 「……どうしてって、理由なんかないよ」

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