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第13話

先に平静さを取り戻したのは徹のほうだ。 「衛さん?」 「わ、悪い」  日下は徹の声にはっとなると、洗面所から出ようとした。 「大丈夫、いま出るよ」  徹は蛇口を捻ると、シャワーを止めた。その手が日下のいるほうに伸びて、バスタオルをつかむ。徹の髪からふわりとシャンプーの匂いがした。普段日下が使っているのと同じ匂いだ。徹は濡れた腰にバスタオルを巻くと、「お先に」と日下の横を通り過ぎ、洗面所から出ていった。  男の身体なんて飽きるほど見慣れているのに、たったいま目にした徹の肉体が目に焼き付いて離れない。自分の身体に熱が灯るのを、日下ははっきりと自覚していた。 「くそっ。何を考えているんだよ」  鏡に映る頬がわずかに紅潮している。自分が明らかに動揺していることを、日下は認めずにはいられなかった。  どうしてそうなったのかは理解に苦しむが、徹は自分のことを好きだと勘違いしている。実際に言葉で言われたこともあるし、本人はまったく隠そうという気がない。そのくせ、日下が自分以外の相手と寝ていたとしても、嫉妬めいたことや憤りは一切見せない。まるで自分のことが本当に好きなのか? と疑いたくなるほどだ。  徹は姉から預かった甥で、亡くなった幼なじみの大切な忘れ形見だ。それ以上でもそれ以下でもない。それなのに、足下から崩れ落ちるような不安な気持ちに駆られるのはなぜだろう。  シャワーを浴びてバスルームから出ると、Tシャツにハーフパンツ姿の徹がリビングのソファで映画を見ていた。映画好きの両親の影響からか、徹はよく深夜などにひとりで映画を見ていることがある。徹が好むのは、日下からしてみたらどこが面白いのかさっぱりわからないようなものばかりだ。

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