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第25話

「日高源て、衛さんが好きな作家だよね。衛さんすごいね」 「お前も本気にするな。緒方先生もいい加減なことはおっしゃらないでください」  いったいこれは何の苦行なのかと顔をしかめる日下に、徹が「そんなことはないよ」と否定した。 「前に筧さんが話していた。衛さんが花園画廊に入ってくれて助かるって。これまでの古い考えや慣習に囚われていた世界で、衛さんが新しい風を吹かせてくれたことで、以前にはできなかったことができるようになったって」 「筧さんがそんなことを……?」  いつの間にそんな話をしていたのかと驚きつつも、日下はとたんにきまりが悪くなる。仕事上でのつき合いや、遊びの場でならいくらでもうまく取り繕うことができるのに、徹の前ではそれができない。格好悪い、素のままの自分が出てしまう。 「ほかにもまだ言っていたよ。ああ見えて、衛さんは実は努力家なんだって」 「いいからもう黙れ」  わずかに熱くなった頬をごまかすように日下はグラスに手を伸ばすと、すでに中身が空なことに気づき、そのままテーブルに戻した。 「そうだ、以前取材で会った金森くんが今度独立して、新しい雑誌を立ち上げるそうだよ」 「新しい雑誌をですか?」 「ああ。出版社の枠組みを超えて、出版物だけではなくマーケティングやイベントなどの事業もするそうだ」  突然話題が変わったことを怪訝に思いつつも、日下は内心でほっとする。知らない人の話なので、徹は会話に入れない。いつもの緒方らしくない態度に違和感を覚えつつも、日下は当たり障りのない会話を緒方と続ける。徹は日下たちの話に耳をかたむけていた。 「いまだから言えることだが、実際に衛に会うまでは不安だったよ。衛の噂はささやかだが耳にしていたからね、正直自分の作品を任せていいか不安だった。もちろん噂は噂にすぎず、すべては取り越し苦労だったけどね」 「噂?」  思わせぶりな緒方の言葉に、徹が眉を顰める。 「緒方先生、その話はここでは……」

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