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第24話
緒方の知り合いがやっているイタリアンの店は、七里ガ浜駅から歩いて五分ほどの距離だ。店内はすでに七割ほどが埋まっていた。人気の席は、七里ヶ浜のオーシャンビューを臨むことのできるテラス席のようだ。オーナーが知り合いだという話は本当らしく、緒方はなじみの店員に快く迎い入れられると、奥の落ち着いたスペースへと案内された。
「ここは自然派ワインもいいものを入れていてね、きみはお酒が飲めるのかい? もしアルコールがだめなら何かジュースでも……」
「大丈夫です」
「衛は白のほうが好きだったよね」
「ええ」
自分のほうに伸ばされた緒方の手には気づかないふりをして、日下はそっと身体を引く。
「それじゃあまずは乾杯しようか」
ソムリエおすすめのオーガニックワインで乾杯する。コースは三種類から選ぶことができた。望まない成り行きにすっかり食欲を失っていた日下は一番軽いコースを選ぶ。すぐに魚介類や鎌倉野菜などを使ったアンティパストが運ばれてきた。
「きみは確かまだ大学生だよね。卒業後の進路はもう決まっているの」
「卒業後は大学院に進んだ後、司法試験を目指しています」
「それはすごい。将来は弁護士さんか。それはさぞ衛も鼻が高いだろう」
「目指すだけなら誰でもできますから……」
控えめな態度で謙遜する徹に、緒方は「そんなことない、十分立派だよ。なあ、衛」と日下に話を振った。
「ええ、そうですね」
日下はグラスに口をつけると、居心地の悪さを隠して微笑む。頭の中では、さっさと食事をすませてこの場から去りたいという思いしかなかった。
「衛とは雑誌の取材がきっかけで会ってね、それからときどきプライベートでも会うようになったんだよ。きみは彼が仕事をしているところを見たことがあるかい? 衛はすごいよ。いまをときめく日高源も彼がいなかったらここまで売れていたかわからない。日本画の大家とも呼ばれる鷺沼先生も衛にご執心でね、みんな彼との仕事を望んでいる」
「緒方先生……」
緒方の言葉は明らかに大げさだ、真実ではない。困ったようようすの日下とは反対に、徹は緒方の話に興味を引かれたような顔をした。
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