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第23話
「緒方先生、きょうはどうなさったんですか?」
緒方の言葉を徹が不審に思う前に、日下は慌てて緒方に訊ねる。
「さっきまで近くのカフェで担当と打ち合わせをしていたんだよ。似た人がいるなと思って見ていたら、本当にきみだったんで驚いたよ」
「そうですか。それは偶然ですね」
日下にしてみたら、ひどくついてない偶然だった。
「それでは私たちはここで……」
一刻も早くその場から去りたい日下の言葉を遮るように、
「そうだ、せっかくの機会だからこの後一緒に食事でもどうかな」
と緒方に言われ、日下はいつものポーカーフェイスも忘れてぎょっとなる。
「いえ。それは……」
いったいどういうつもりですかという日下の無言の訴えには気づかないようすで、緒方は穏やかな笑みを浮かべた。
「知り合いが近くで鎌倉野菜を使ったイタリアンをやっているんだが、なかなか評判でね。それとも、若い人はもっとがっつりしたものがいいかな?」
「いえ、俺は……」
日下と緒方の関係を知らない徹が、ちらっと日下を見た。日下の仕事相手に、どうしたら失礼にあたらないか考えているようだ。そのようすを見て、日下は覚悟を決めた。今後仕事の上ではやりづらくなるだろうが、仕方ない。さすがにこれはルール違反だ。
「緒方先生――」
「衛さんがいいなら俺は構いませんよ」
「徹……」
驚きに目を瞠った日下を徹が見る。自分をまっすぐに見る徹の瞳に、日下はわけもなく後ろめたい気持ちになった。
「それじゃあ決まりだ」
朗らかなようすで徹を促し、店へと向かう緒方に、日下はもはや止める術を持たなかった。
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