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第51話
キッチンで徹が朝食の支度をしている。あれから一週間が過ぎても、徹がこの家から出る気配はない。徹が新居を探しているのか、もしくは単にいい物件が見つからないのかはわからない。あの日から、ほとんど話をしていないからだ。もちろん同じ家で暮らしている以上まったく会話がないのはあり得ない。ただ、一緒にいる時間が極端に減った。リビングでくつろぐこともない。
企画展の準備で、日下の仕事が急に忙しくなったという理由もある。けれどそんなものはただの言い訳にすぎない。そのことをおそらくはふたりとも気がついている。
実際、企画展のことで徹とすれ違いになるのは日下にとっては都合がよかった。いまは冷静になる時間が必要だった。でなければ自分の気持ちに負けてしまう。
徹と一緒にいると、気持ちがぐらついてしまう。あれは本気で言ったんじゃない、好きなだけこの家に居てもいいと前言を撤回したくなる。声を聞くだけで、必死に壁をつくっていた心のガードがほどけてしまう。
徹が自分と話したそうな素振りを見せるたびに、日下は罪悪感がちくりと痛みながら、心を鬼にして徹を避けた。この家を出ていってほしいという自分の気持ちは変わっていないのだと示しながら、冷徹な態度を崩さなかった。
自分がひどいことをしているという自覚はあったが、徹にとってはそのほうがいいと無理矢理自分に言い聞かせた。後になって、きっとこのときの選択が正しかったと思えるはずだ。そのためにはできれば徹がこの家を出るまでは、なるべく彼とふたりきりになりたくない。
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