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第63話

 涼太郎が梯子の向こう側に回った。横木がふたりを隔てるさまは、バルコニーの手すり越しに愛を語らうロミオとジュリエットを髣髴(ほうふつ)とさせるものがないこともない。 「結婚するまで純潔を守るべしという旧弊な家訓に縛られて育った自分と、本能の赴くままに乳繰り合いたいと望む自分とをすり合わせた結果、妥協点を見いだした。羽月さんを生殺しの刑に処す」    うなじに手がかかった。ぐいと引き寄せられて顔が横木からせり出す形になったせつな、唇が重なった。  羽月は目をしばたたいた。タンポポの綿毛で撫でられた程度のくすぐったさが唇に残っていても、ついばまれたのは錯覚にすぎないように思える。だって拳ひとつぶん高い位置にある顔は、険しい表情を浮かべている。 「え……っと、行動に脈絡がなくて意味不明なんだけど。おれにキ……」  キスという単語を紡ぎかけたとたん頬が紅潮するなんて、どこの乙女だろう。 「したよね? いま、キス……」 「端的に言えばミイラ取りがミイラになった。可愛いと言ったのは偽らざる本心で、羽月さんに対して友愛の範疇には収まらない感情を抱いているようだ」    棒読みで告げられても、ちっともうれしくない。だいたい、とは罪作りだ。  アヤフヤなものが熱愛にグレードアップする可能性を秘めている、と半端に期待を抱かせるのは残酷で、その点、白黒をはっきりさせてほしい。 「情報が氾濫する昨今の常で、聞きかじりだが知識はある。男性同士はケダモノのようにガツガツと番うのが常識なのだろう。ならば縛ったまま行為に及ぶのが理に適い、そうする所存である」    ここでバイブレータが再び登場した。谷間を這い進んだすえに窄まりに行き着き、強弱、強弱、とスイッチが切り替えられる。 「んっ、ケダモノって、どこで拾ってきた情報だよ! あと生殺しって、何!」 「生殺しとは愚息を挿入するのは二分の一に留めることをいう。ただし実戦経験は皆無の身。ひとまず、こちらの(しな)を愚息に見立ててシミュレーションを行い、コツを摑んだのちに交接に至る予定だ」    頓珍漢なことを大まじめに答えるのが怖い。 「違う! 根本から間違ってる! 基本的に脱・童貞はベッドの上で、しごっきこしたり、しゃぶり合ったり、バリエーションは豊富だけど拘束プレイはマニアックで……あぁん」  人が力説しているときにバイブレータをくいくいと動かすのは反則だ、と思う。尻たぶに力を込めてバイブレータを押し返すと、訝しげな眼差しを向けられた。

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