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第62話

 ロープを引きちぎる勢いでもがけばもがくほど、結び目が締まって手首がもげそうだ。それでも猛然と身をよじり、叫んだ。 「さわるな! 従兄と直接話をつける、今すぐ呼んでこい!」  間髪を容れず、ディスプレイに〝従兄〟とあるスマートフォンが差し出された。コール音が鳴っている間に、涼太郎が参謀よろしく囁きかけてくる。 「従兄は気弱で、ストーカー行為に走ってはみたものの、大それたことをしでかしたと悔やみ、やめ時を窺っている。嘘も方便で、空涙を流すなどして改悛の情を示し、赦しを得ることだ。それから先輩の処遇は俺に一任する旨の言質(げんち)を取ってくれ」 「なんだか、白石くんのひとり勝ちっぽい」  そう減らず口を叩いて、ポーカーフェイスを睨みつけた。涼太郎に策士の一面があったとは、今まで猫をかぶっていたのか、と詰りたくなる。だが、ゴーサインを出すようにうなずきかけてこられると、ときめくあたり、恋わずらいのほうは末期症状だ。  電話がつながると開口一番、 「その節はムスコさんならびに、きみに冷たくしてごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいったら、ごめんなさい!」  従兄がへどもどしている隙に超早口でまくしたて、 「こっちこそイタ電を……」 「気にしてない、ぜんぜん気にしてないから、おあいこってことで赦してくれる?」  うん、と言わせることに成功した。なお、一連のやりとりはテレビ通話の機能を使ってなされたもので、従兄はスマートフォンを介してこんな光景を目の当たりにしていた。  即ち梯子があたかも展翅板(てんしばん)であるように、羽月はピンで留められた蝶さながら雁字搦めにされていて、その羽月を涼太郎が迫真の演技で、木刀でこづき回すもようを。  それは〝リンチを加えている現場から生中継でお届けしまぁす〟の図。  見る者に強いインパクトを与えるとともに、同情心をかき立てる映像だ。羽月が大げさに悲鳴をあげてみせると、従兄は顔をひきつらせる。かくして憑き物が落ちたように、付きまとうのをやめると確約したくだりは、さほど面白くないので割愛する。  もっとも、これにて一件落着とはいかない。終了ボタンが押された瞬間、第二ラウンドの開始を告げるゴングが鳴った恰好だ。 「腕がだるい、いいかげんほどいてよ」  羽月はロープごと梯子を揺さぶった。ところが聞き入れてもらえるどころか、知らんぷりを決め込まれた。あまつさえ足首を梯子に留めつけるロープが巻き足されるに至っては、身の毛がよだつ。 「脅し役にのめり込みすぎ、()に戻れよ!」 「熟慮のすえにベストな解決策が浮かんだ。定期的に精液をチャージする必要がある体質とのことだが、では俺が供給源でありつづける限り、先輩は提供者を漁らずにすむ。ひいてはビッチなどというヤクザな生き方から足を洗うことができる」 「言われなくてもビッチは廃業しましたよぉ、だ……精液の供給源?」

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