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第61話

 羽月は梯子の段木に顎を載せて、深い深いため息をついた。生まれて初めて誰かを本気で好きになった矢先に失恋するとは、食いたい放題にペニスを食い散らかしてきたバチが当たったのだろうか。  次から次へとペニスが寄ってくる、いわばフェロモン過剰分泌症に生まれついたのは、おれの責任じゃない。こんな能力なんか、希望者に喜んで進呈する。  ロープでくくられた手首をよじり、振り仰いだ。シチュエーション的には立ちバックでワンラウンド以外の何ものでもない。だが涼太郎と自分は、水と油。どだい結ばれっこない宿命(さだめ)にあったのだ。 「かいつまんで話した通り、あくどいことを企てていたが……」  しょげ返った羽月を前にしても、思惑通りに事が運んだと喜ぶどころか歯切れが悪い。むしろ涼太郎は苦渋の色を浮かべて、木刀で自分の頭を何度かこづく。  そしてソファにどさりと腰かけると、羽月への嫌悪感を強いてかき立てるように、座面に出しっぱなしになっていたバイブレータをつまみあげた。目を丸くすると、うってかわって自嘲気味に嗤い、バイブレータを掌に打ちつけながら問わず語りに話しはじめた。 「ビッチを懲らしめてやろうと意気込んでいたが、誤算つづきだ。性悪のはずが、実物は容姿も性格も可愛い。従兄が先輩に未練たらたらで付きまとうのも、うなずける話だ」 「可愛いって……お世辞は嫌いだって言ったくせに嘘つき。従兄には土下座でもなんでもするからさ、今すぐおれの人生から消えて」 「これの使用法は、こうなのか」  バイブレータがジーンズの縫い目──しかも背中側をなぞり下ろす。スイッチが入ると、条件反射で萌むものがある。  羽月は唇を嚙みしめた。制裁を加えにきた、と涼太郎は言った。ならばビッチにふさわしい末路と、バイブレータを数本まとめて穴にぶち込み、ザクロのように裂けて血まみれになるまでいたぶるのもあり、と思いついたのかもしれない。  しかし涼太郎とバイブレータの組み合わせは、シマウマがG1レースで優勝するくらいありえない光景だ。なのに理系男子心をくすぐられるものが少なからずあるのか。バイブレータがどういう作用を及ぼすのか検証するように、花芯の上にあてがってくる。  羽月は傷口に塩をすり込まれるように感じた。確かに騙されていた。だからといって百年の恋も冷めるかといえば、そんなことはない。  それどころか「可愛い」が掛け値なしに本気だといいのにな、と期待してしまう。それは望み薄で虫のいい話だ。今さら心をかき乱す真似は、やめてほしい。

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