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第60話

「夏休み明けに、やはりM大経済学部に通う俺の従兄を性欲の赴くままにもてあそんだ──心当たりがあるだろう」  記憶を呼び覚ますように木刀で頬をピタピタと叩かれても、毎日がペニス曜日だった元ビッチにとっては、日課のラジオ体操に等しい一件なんて忘却の彼方だ。 「可愛さあまって憎さが百倍、と俗にいう。従兄曰く『天国につれていってもらった翌日、正式に交際を申し込んだけど笑殺された』──。男の純情を踏みにじられてプチ引きこもり中だった従兄に泣きつかれて、ひと肌脱ぐことになった」    あのペニスのことかな、このペニスのことかな。羽月はショベルカーになった気分で記憶を掘り起こしたすえに目を輝かせた。 「思い出した! 待ち伏せしていて『僕の小指をあなたの小指は運命の赤い糸で結ばれてます』って花束を押しつけてきた男子が、いたいた。あのポエマーって白石くんの従兄だったんだ。世間は狭いね」    じろりと睨まれて肩をすぼめた。ロープがぴんと張って、結び目が手首に食い込む。  これが拘束プレイなら楽しいのに。ため息をついたところに、言葉という鞭で打ち据えるようにたたみかけてこられた。 「一丸に勤めて先輩に接触したのは出発点だった。仇討ちを果たすうえでの」  仇討ち、と鸚鵡返(おうむがえ)しに繰り返した。 「無二の親友と呼べるほどの友好関係を築いたと確信した段階で突然、絶縁宣言をする。虚仮(こけ)にされるつらさを先輩に味わわせる。そんな目論見のもとに実行に移した」 「ハメる予定の相手に途中でバラしちゃ、意味ないじゃん。それとも、あえて種を明かすのは、おれを懐柔するための計画の一部だったりする?」  あきれ顔を作って見せるそばから声が潤む。汚れ仕事を引き受けて従兄思いだね。そう皮肉ってあげようか、と思っても、なぜかへらへらと笑ってしまう。  従兄をもてあそんだ(かど)で糾弾されても仕方のない面はある。ただし一方的に悪者扱いされて納得できるか、といえば話は別だ。  涼太郎との心の距離が縮まりつつあるように思えたのが独り相撲にすぎなかったなんて、大笑いだ。肉じゃがをぱくぱく食べてくれたのも、姫抱っこをしてくれたのも、高慢ちきなビッチをぎゃふんと言わせる目的があってのこと。  つまり、ひと芝居打った。お見それしましたというか、涼太郎はカタブツに見えて意外に腹黒い。  もっとも羽月自身、涼太郎の第一印象は〝美味しそうなペニス〟どまりで、ご馳走になるべく策略をめぐらせたこともあった。知らず知らずのうちにキツネとタヌキの化かし合いを演じていたとは、冗談にもならない。

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