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第59話

 ぶんぶんと頭を横に振った。自分が犯人の立場なら、逆上したあげく滅多刺しだ。涼太郎のペニスを食わずして……違う、愛の告白を完遂しないうちに三途の川を渡る羽目になった日には成仏できっこない。 「危害を加えるつもりは毛頭ない、おとなしくしろ。大声を出さないと約束できるか」  ぎくしゃくとうなずき、勇気を奮い起こして再び振り向く。そして首をかしげた。  闖入者の後方に掃き出し窓がある。ぼんやりとだが後ろ姿が映り込み、マスクに惑わされずに相手を観察するにはもってこいだ。  細マッチョの体つきで背筋がぴんと伸びていて、加えて木刀をぶら下げていて、まさか、その正体は……、 「白石くん、だよね?」  ぎくり、という音が聞こえるようだった。 「絶対に白石くんだ。さっきのスプレーはクロロホルム系のやつ? こういう悪ふざけをするキャラだと思わなかった、マジにびっくりした」 「人違いだ。貴様に恨みを持つものに成り代わって天誅を下しにきた、いわば正義の味方だ」  威嚇して、なおかつ失敗を糊塗するように、ライト〇ーバーならぬ木刀をひと振りした。 「学祭で殺陣を披露したじゃない。足運びが、あのときと一緒なんですけど」  との指摘に、一転してガニ股で後ずさる。  肩書きこそ〝元ビッチ〟に変わったものの、眼力は衰えていない。黒いデニムに覆われていようとも、ファスナー周辺の皺の寄りぐあいを(もと)に、勃起時のチン長は二十センチ強である、と答えをはじき出す。  参考までに誤差はプラスマイナス五ミリ以下だ。  ならば、と羽月はカマをかけてみた。 「三名さま、ご案内。一丸にようこそ……」 「いらっしゃいました!」  オンとオフの別を問わず接客モードのスイッチが入るあたり、アルバイト従業員の鑑だが、まさしく墓穴を掘った。マスクがかなぐり捨てられて仏頂面が現れた。 「なぁんだ、やっぱり白石くんだ。昔のテレビ番組風っていうか、ドッキリ訪問大成功な感じだね」 「成敗してくれと、ついては羽月先輩を死ぬほど怖がらせてやってくれと頼まれてきた」  予想の斜め上をいく答えが返った。 「頼まれたって、誰に」 「執拗に電話をかける、アパートの周囲をうろついて火災報知機を鳴らすなど、羽月先輩に嫌がらせをしていたやつに。そいつの(めい)を受けて制裁を加えにきたしだいだ。なお、ビッチ云々の告発状は先輩とすれ違いざま俺が背中に貼った」  浮き世のしがらみで致し方なく、と苦々しげに付け加える。  羽月は上の空で相槌を打った。あの夜はめくちゃくちゃ忙しくて、隙をついて犯行に及ぶのは容易だった。告発状に関しての謎は曲がりなりにも解けたが、すっきりしない。  ロッカールームで気遣ってくれたのはポーズにすぎなくて、あの出来事は自作自演のお芝居? 涼太郎がそんなことをする理由が、さっぱりわからない。

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