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第1話 出逢
運命なんてないと、思っていた。
少年は自由を奪われて過ごした。
誰も助けてくれない。
これが当たり前なのだから。
ならば、受け止めるしかない。
「全ては、主様の仰せのままに」
少年は薄暗い部屋で、小さな十字架に祈りを捧ぐ。
居もしない神に祈る。
せめて明日は、少しでも良い日でありますように。
―――
――
少年は朝早く起き、顔を洗い、身支度を済ませて、部屋の片隅にある聖母の形をした石膏像に祈りを捧げた。
一時間ほどだろうか。少年は目を開け、部屋のドアを開ける。ドアの前には、食事の並んだトレイが地面に置かれていた。それを少年は手に取り、部屋の中へと戻る。
「いただきます」
少年は手を合わせ、朝食を取った。
バターの香るパンに野菜たっぷりのスープ。香ばしい匂いのするベーコンエッグとサラダ。
食材にこだわった美味しい食事。だが少年は表情ひとつ変えずに黙々と食した。
「……さて、と」
少年は部屋に戻り、指先でドアノブをトントンと叩く。
それに応えるように銀色のドアノブがキンと、一瞬光を放った。
これは、おまじない。
少年が、少年自身を守れる唯一のおまじない。
少年はとある屋敷の離れに一人で暮らしている。白髪に琥珀色の瞳が朝日に照らされてより透明感が増して見える。
首には大きな首輪が付けられており、窮屈そうに見えるが少年はそれを気に留める様子はない。
食事は朝と晩。ドアの前に誰かが置いていくものだけ。それ以外でこの離れに人に近付くことはない。
少年はこっそり裏口から外に出て、森の中へと入っていった。
屋敷の裏にある森は人が入らないようにとロープで封鎖されているが、それも相当な年季が入ってるせいで縄は弛み、簡単に侵入できてしまう。
ここが封鎖されているのは、かつて獣人が暮らしていた場所だからだ。
だがそれも遠い昔の話。今はもう一族は廃れ、獣人が人間を支配していた時代は終わった。
この世界には、男女の性以外にもう一つ、第二次性というものがある。
それが、アルファとオメガ、そしてベータ。
優秀な種であり上位層のアルファと、劣等種とされる下位層のオメガ。
そのどちらにも部類されない大多数のベータ。
その昔、この世のヒエラルキーの頂点は獣人のアルファだったと言われている。
アルファの獣人はその力で人を支配し、人間のオメガを奴隷と化していた。
そんな傍若無人を繰り返していた獣人を、人間は許さなかった。
人間は獣人を滅ぼし、ヒエラルキーの頂点は人間のアルファとなった。
それがこの世界の歴史。
だが、そんなこと少年にはどうでもよかった。
少年の日課は、森へ行って絵の具の材料を探すこと。
あの閉ざされた空間で唯一の楽しみ。それは絵を描くことだ。
何も与えられないから、自分で探すしかない。
誰にも見つからないように、こっそりと。
「確か、まだあの場所に鉱石があったはず」
少年は森を歩き、石や花を採取する。
この間、赤を沢山使ったからそれを補充したい。少し遠くに咲いた花を取りに行こうと、森の奥へ進んで行った。
今日はどんな絵を描こう。
そんなことを思いながら、歩いていく。
「……あれ。こんな場所、あったんだ」
いつもより奥に進んでいくと、花畑が広がっていた。
知らない場所に出てしまったことに少し戸惑ったが、色鮮やかな綺麗な花を見てすぐに心を奪われた。
「青い花まである……久し振りに青い絵の具が作れそうだ」
少年は花畑の真ん中に座り、絵の具になりそうな花を選んで摘んでいく。
青い花。赤い花。黄色い花。
鼻を掠める甘い香りに、少年は自然と笑を零した。
あまりにも夢中になって、気付けなかった。
すぐそばに誰かが来てることに。
「……誰だ?」
その声に少年は振り返る。
そこに居たのは、黒い狼。
いや、狼のような、青年だった。
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