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第2話 運命

 少年は息を飲んだ。  人と会ってしまった。それは禁じられていたことなのに。  それも、目の前にいるのは人の姿をしているのに人ではない。  人のものとは違う、獣の耳。鋭い爪と牙。それ以外は人と酷似した外見をしている。  獣人のようで獣人ではない。  彼は一体、誰なのか。  でも今は、そんな事はどうでもよかった。  体が尋常じゃなく熱い。  なんで、どうして。  こんなこと、今まで一度もなかった。 「っ、お前、オメガか!」  その言葉に、少年は頷く。  そう。少年はオメガ性だった。そしてこの唐突な発熱。明らかな発情期《ヒート》だ。  オメガ性を持つものが定期的に引き起こす発情期。だが今はまだ時期ではないはず。  少年はかつてない高揚感と滾る欲情に体を震わせ、地面へと倒れ込んだ。 「お、おい。お前……」  青年は少年に駆け寄った。  噎せ返るような甘い匂い。少年から溢れ出すフェロモンに、今にも理性を手放して襲い狂ってしまいそうになる。  それを必死に抑え、少年の肩を抱き上げた。 「っ、ぐ……ぽ、ぽけっ、と……」 「ポケット?」 「くす、り……」  青年は少年が指さした胸ポケットに触れた。  中に入ってたのは薬の入った小さなケース。少年は震える手で薬を取り出し、口へと運んだ。  もしものために持っていた抑制剤。今まで使うこともなかったが、持ち歩いてて良かったと安堵する。 「はぁ、はぁ……」  少年は呼吸を整え、ゆっくりと引いていく体の熱に薬がちゃんと効いてることを確認する。  持ってはいたが飲んだことがなかったので本当に効くのか半信半疑だったが、効果はあったようだ。  フェロモンの放出が抑えられ、それに当てられていた青年の方も落ち着いてきた。  こんなところで人間に会うと思ってもいなかったし、それがまさかオメガだなんて予想だにしなかった。 「す、すみません……初対面の人に迷惑をかけて……」 「いや、それはいいが……なんで人間がこんなところに居るんだ」 「僕、この森に絵の具の材料を探しに来てて……気付いたら奥の方まで来てしまったみたいで……」 「この森に人間が近付くのは良くない。早く立ち去れ」 「……あなた、は?」  少年は彼の頭にある耳に目がいった。  突然の発情期《ヒート》に冷静さを欠いていたが、よく見れば人間とは異なる容姿をしている。  だが獣人は遠い昔に滅んだはず。なら彼の人ならざる外見はどう説明するのか。 「……俺のことなんて、忘れろ」 「それは、難しいです。こんなに綺麗な人なのに」 「は!?」  少年の言葉に青年は驚いた。  少年が嘘をついているようにも見えない。本心でそう言っているのが分かるからこそ、青年は戸惑いを隠せない。 「僕、本当はご主人様が連れてくる人以外と会うのは禁止だったんですけど……貴方が人でないなら、セーフですかね?」 「お前が何を言ってるのか俺には分からない」  腕の中でクスクスと笑う少年に、青年も釣られて微笑んだ。 「僕、ルーカスと言います。貴方は?」 「……ヴァイスだ」  少年ルーカスと、青年ヴァイスは出逢った。  運命なんて信じなかった少年が、その定めに導かれるように。
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