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第3話 約束

「お前、あそこの屋敷で暮らしてるのか」 「はい」  森から追い出そうとしていたヴァイスだったが、ルーカスの持つ独特の雰囲気にのまれ、そのまま彼の隣に腰を下ろして話を続けた。 「僕、孤児だったんですけどあのお屋敷のご主人様に買われて、今は離れに住まわせていただいてます」 「……離れに? どういうことだ。奴隷だとしても、普通は召使とかにするんじゃ……」 「詳しいことは分かりません。多分、僕の放つフェロモンが問題なんです。さっきはすぐに薬で抑えたから大丈夫だったんですけど、どうやらその量が人よりも多いらしくて……それが他の人たちに影響を与えないようにって言っていました」  ルーカスはそれが当然のように言っているが、どこかおかしい。  そんな問題のある子どもをわざわざ買う理由は何だ。しかも離れの部屋に隔離している。おまけに、よく見たら少年は裸足だ。靴も与えられていない。本来なら外に出ることも許されていないのだろう。  この状況を見て、どう考えてもこの子供が訳アリだということしか思いつかない。  ヴァイスはジッと少年を見るが、見た目だけでは彼の何に問題があるのか分からない。  強いて言うなら外見だろうか。色の薄い、儚げな容姿。加えて彼はオメガだ。こんな神秘的な見た目の彼が発情して人を誘えば、誰もが食いつくだろう。 「ヴァイスさんは? この森に一人で住んでるんですか?」 「あ、ああ。俺は小さいときに親を亡くした。それからはこの森で暮らしてる」 「……その、言いたくなかったら話さなくてもいいのですが……ヴァイスさんは、獣人、とは違うのでしょうか?」  その質問に、ヴァイスは少し言葉を詰まらせた。  別に言わなくてもいい。だけど、ルーカスも無理に聞き出そうとはしていない。だけど、ヴァイスはゆっくりと口を開いた。  何故だろう。この少年には、話したくなる。そんな雰囲気を持っている。 「俺には、獣人の血が流れてるんだ。俺の曽祖父が獣人の生き残りで、人に隠れて生きてきたんだ。俺はその子孫。今は人間の血の方が濃いから、こんな半端なんだよ」  そう言って、ピクリと耳を震わせた。  よく見ると、彼には尻尾もある。確かに半端だ。獣にも人間にも部類しない、どちらにも混ざれない孤立した存在。 「じゃあ、僕たちは似た者同士ですね」 「は?」 「僕もずっと一人です。ヴァイスさんと同じ」 「……そうだな」  そんな悲しいことを、少年は笑って言った。  孤独であることが、彼は悲しいことだとは思っていないのだ。  こんな幼い子供がそんなことを平然と言ってしまうことに違和感を覚えるが、ヴァイスは自分と同じだと言ってくれたことが少し嬉しかった。 「あの、……っ!」 「どうした?」  何かを言いかけた瞬間。ルーカスはビクッと肩を震わせ、顔を屋敷のある方へと向けた。  遠くの空が茜色に染まりつつある。素材集めに夢中になって時間を気にしていなかったと、ルーカスは焦り出す。  そんな少年の様子に、何が起きたのか全く分からないヴァイスは驚いて目をパチパチさせた。 「嘘、もう日暮れ!? ああ、部屋にご主人様が近付いてきてる。早く戻らないと」 「……なんでそんなことが分かる?」 「おまじないです。部屋に誰か近付いてきたら教えてくれるようにって」  ルーカスが出掛けにドアノブにしたおまじない。  それは離れに人が来る気配を察知したらルーカスにも伝わるようにしてくれるものだった。  なんでそんなことが出来るのか、ルーカス本人にも分からない。そんな魔法のような力、使えるわけがない。  だがルーカスは慌てた様子で摘んだ花をカゴに仕舞っている。  半信半疑だが、急いで戻ろうとしているのは確かだ。  ヴァイスは小さく息を吐き、走り出そうと立ち上がったルーカスの腰を抱いて森の中を走り出した。 「うわ、わわっ!」 「黙ってろ。舌噛むぞ」  ルーカスの何倍もの速さで駆けていくヴァイス。その血が薄れていても獣の血が流れていることは間違いない。常人離れした跳躍力で森を駆け抜け、瞬く間に入口まで連れてきてくれた。 「す、凄いですね。おかげで助かりました」 「別に……もう森の奥には近付くなよ」 「え。会いに行ったら駄目ですか?」 「……お前、俺が気持ち悪くないのか」 「何故ですか? 綺麗な方なのに」  キョトンとした顔でそう言うルーカスに、変に意地を張ってる自分の方が馬鹿らしくなってくる。  ヴァイスはガシガシと頭を搔き、さっさと家に戻るように背中を押した。 「……気が向いたら、またあの場所に行ってやるよ」 「はい! また明日も行きます!」  笑顔で家に戻るルーカスの背中を見送り、ヴァイスは呆れたように溜息を吐いた。 「……変なガキ」  誰かとこんな風に話をしたのは何年ぶりだろう。  ヴァイスは何となく、くすぐったい気持ちを胸に抱えて森の奥へと戻っていった。

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