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第7話 会話

 ヴァイスは呆れたように溜息を吐きながらルーカスの隣に腰を下ろした。  ブツブツと文句を呟いているが、帰れとは言わない。  ルーカスはそれが嬉しくて自然と口角が上がってしまう 「……なんだよ、ニヤニヤしやがって」 「いえ。今日は立ち去れとは言わないんだなって」 「どうせ言っても無駄だろ。お前のヘラヘラ面見てるとアホらしくなってくる」  ルーカスは横になったまま、ヴァイスを見上げた。  薬のおかげか、昨日のような発情は起きない。落ち着いた気持ちで彼と接することが出来る。 「お前、また花を摘んでたのか」 「はい。潰して絵の具にするんです」 「昨日も言ってたけど……こんなので絵が描けるのか?」 「描けますよ。他にも木炭とか、木の実とか……とにかく色んなものを使ってるんです」 「お前の主人は画材も買ってくれないのか」 「ええ。昔お願いしたら余計なことするなって怒られちゃいました。僕、孤児院にいた時から絵を描くのは好きだったので、今はこっそり描いてるんです」  ルーカスはニコニコと笑顔を浮かべたままそう言った。  そんなことを当たり前のように言う少年に、ヴァイスはやはり納得できなかった。  何のためにあんな離れの小屋に閉じ込めておくのだろうか。昨日の焦りようからして、こうして部屋から出るのも禁じられているだろうと察するのは容易い。  生まれた時からあの離れで隔離されて育っていたら、小屋から抜け出そうなんて考えなかっただろう。  だが少年は元々孤児院育ち。趣味のことや、外で遊ぶ楽しさも知っている。  そんな普通の少年が、こんな風に外に出るのも好きなことをするのもコソコソしなくちゃいけないなんて、辛くて仕方ないはず。  それなのにルーカスは平然としてる。  どれほど心を麻痺させているのだろう。  ヴァイスも生まれた時からこの森で暮らしていた。獣人の血を引く自分が街で、人のいる場所で暮らすことは出来なかったから。  だから羨ましく思っていた。歳の近い子達が外で仲良く遊んでいることが。  子供は友達と仲良く遊ぶものだと思っていた。それが人間たちの当たり前なんだと。  その当たり前を、この少年は奪われた。  ヴァイスがずっと憧れていた当たり前を。 「……なんで、そんなところに居るんだ。出ていけばいいのに」 「そんなこと出来ませんよ。ご主人様には恩があります」 「恩?」 「僕が買われたことで孤児院は救われたんです。大好きなみんなが新しい服やオモチャを買えるようになったんです。それは、僕にとっても嬉しいことだから、ご主人様には感謝をしないと」  ヴァイスは少年の言葉に気持ち悪さを感じた。  嘘は言っていない。だが、その言葉には感情がなかった。心のない、薄っぺらい言葉。与えられた台本を読んでいるだけのような、そんな口調。 「……俺には、その主人とやらがそんな良い奴には思えないけどな」 「そんなことを言ったらダメですよ。ヴァイスさんはご主人様を知らないでしょう?」 「知りたくもねーよ。そんな人間のことなんか」  ぶっきらぼうに返すヴァイスに、ルーカスはふふっと笑う。  主人を悪く言われても気にも留めない。  一応主人を庇うような姿勢は見せるが、本心ではないのだろう。  むしろ、関心などないように見える。  どうでもいい。知りたくもない。そんな感情が彼の言葉から窺える。 「そんなことより、僕は貴方の話が聞きたい」 「俺?」 「はい。ヴァイスさんのこと、もっと知りたいです」 「俺はお前に話すことなんか……」 「いいじゃないですか。これも何かの縁ですよ」  少年の微笑みに、ヴァイスは突き放すことが出来なかった。  多分きっと、ヴァイス自身もルーカスのことが気になっているからだろう。  この、不思議な少年のことを。

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