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第13話 言葉

「あ。ってことは、このイーゼルや画材はお父さんの形見になるんですよね……」  イーゼルの横に置かれた箱の中に沢山の画材が残されていた。  どれも綺麗に整頓されている。きっとヴァイスの母親が夫の形見を保管していたのだろう。 「ん? あー、そうか。別に気にしなくていいぞ。俺は使わないし、誰かに使われた方が親父も嬉しいだろ」 「そう、ですか?」 「さすがに絵の具は固まってるな」 「水彩なら問題ないはずです。じゃあ、使わせてもらいますね」  ルーカスは画材の入った箱を胸に抱えた。  彼の両親の思いが込められた大切な品。 「でも、さすがにこれを持ち帰ったらご主人様に怒られちゃいます。なので、ここに置かせてもらっていいですか?」 「……それは、構わない。お前にやったものだ。好きにしろ」 「はい。ありがとうございます!」 「とりあえず部屋に持っていくか。ここじゃ描けないだろ」  ヴァイスはイーゼルと画材の箱をルーカスの手から取り上げ、家の中へ運んだ。  家の中はルーカスの使っている離れの部屋と同じくらい殺風景だった。  元々は家族で暮らしていたはずなのに、家具も必要最低限な物だけしか置いていない。 「……なにも、ないですね」 「使わないものは売ったからな」 「僕の部屋と似てます。ベッドと、石膏像と、椅子と、服を入れるタンスだけ」 「石膏像?」 「ご主人様に毎朝祈りなさいって」 「石に祈って何になる」 「それに関しては僕も同感です。でもご主人様は神様がいると思ってるみたいなんです。昨日も僕が神様に愛されてるとか言ってて」 「神様に愛されてる……?」  その言葉に、ヴァイスはピクリと耳を動かした。  聞き覚えがあるのか、口元に手を当てて考える仕草をしている。 「どうかしましたか?」 「いや。ガキの頃にジジイが同じことを言ってた気がする……」 「え?」 「神に愛された者が、何か力を得るとか何とか……」 「力、を?」  主人がよくルーカスに、まだ力に目覚めないのかと言う。  なんの事か分からなかったが、その言葉に意味があるのか。本当に何かしらの力を得るというのか。  ルーカスは、急に怖くなった。  主人の言葉など信じていなかった。  だけど事情を知らない第三者にまで同じことを言われ、今まで無視してきた言葉に意味があるかもしれないと気付かされた。  自分でも分からない何かがこの体にあるかもしれないなんて、恐怖でしかない。 「……じゃあ、ご主人様は何か力が目覚めるって確信があって僕のことを買ったんですか?」 「まぁ、俺もガキの頃に聞いた話だからあやふやだけど……」 「なんか、怖いです」  知らないままでいたかった。  そうすれば、何も考えずに済んだ。  半端な知識は不安を招く。かと言って、主人に直接聞くのも怖い。逆鱗に触れてしまう可能性もある。  主人の前では無知でなきゃいけない。余計な知識を得ることを主人は望んでいないのだから。 「悪かったな、余計な話をして……」 「い、いえ。ヴァイスさんは悪くないです」 「……だが」 「ほ、本当に大丈夫です。結局、自分のこと何も分かってないままですから。何も変わらないです」 「……お前」 「気にしないでください。僕は何も知らない、分からないままでいいんです。今聞いたこともすぐ忘れちゃいますよ」  そう言って笑顔を浮かべる少年に、ヴァイスは余計なことをしたと後悔した。  明らかに普通ではない少年。彼の置かれた環境について何も知らないのに、口を挟むようなことをしてしまった。  故意的ではなかったとはいえ、もっと考えてから発言するべきだった。  ずっと変わらない笑顔が、見るからに曇っている。  しかし、気にはなる。  祖父が言った言葉。それに当てはまる少年。  彼の主人が何を根拠にルーカスのことをそう呼ぶのかは分からない。  彼に内緒で少し調べてみよう。ヴァイスは心の中でそう思った。

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