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第14話 家族
「と、とにかく! 僕のことはもういいので! ヴァイスさん、そこの椅子に座ってください」
「も、もう描き始めるのか」
「とりあえず、スケッチブックも入っていたので最初はこっちで描きます。イーゼルとかキャンバスとか触れたこともないので、ちょっと練習してからにします」
「そうか……」
ヴァイスは言われるがまま椅子に座った。
当然モデルなんてしたこともない。どうすればいいのか分からず、ガチガチに緊張していた。
「ふふっ、ヴァイスさんは普通にしてていいんですよ」
「そうなのか」
「顔、硬いですよ。もっとリラックスしてください」
「そう言われてもな……」
「うーん。じゃあ、お話ししましょう。ヴァイスさんのお母さんのこと、聞かせてください」
「母さんの?」
ルーカスは笑顔で頷いた。
自分は親のことを何も知らない。思い出せる最初の記憶は、孤児院でのこと。先生に親の話を聞いたこともない。
どんな事情があったにせよ、あの場所にいたということは捨てられたということ。だったら、自分を捨てた親のことを聞いたって意味がない。そう思い、一度も関心を持たなかった。
「僕、親ってどういうものか分からないけど……孤児院の先生は好きでしたよ。優しくて、怒ると少し怖かったけど。だから、僕にとってのお母さんは先生ってことになるのかな」
「……そうか。母さんはガキの頃に死んだからあまり記憶にないが……」
「おじいさんも一緒に住んでいたんですよね?」
「ああ。と言っても俺が二、三歳くらいのときに死んだけどな。だからジジイの言ったことはほぼ覚えてないんだ」
「そうなんですね」
「ジジイも人間の血が混ざってはいたが、ほぼ獣人だったな。白い毛をした狼だった気がする」
「へぇ、見てみたかったなぁ」
会話が続き、ヴァイスからは緊張が抜けたのか表情が和らいでいる。
話が途絶えないように質問を挟みながら、ルーカスはスケッチブックに彼の絵を描いていく。
「ジジイが死んだ翌年に母さんも死んじまった。それからは俺一人でここに住んでる。俺はこの見た目だから耳と尻尾さえ隠せば街にも行けるから、小屋にある物を売ったりして食いつないでる感じだな」
「逞しいですね」
「まぁ、そうしろって母さんにも言われたからな。生きろって……」
「じゃあ、お母さんもヴァイスさんがこうして立派に成長されて喜んでいますね」
「さぁな。それはどうだか知らねーけど……一応一人でもやっていけてはいるな」
「いいですね。僕はただ与えられているだけなので、尊敬しちゃいます」
笑顔のままそういうルーカスに、ヴァイスは少し気になっていることを聞いてみることにした。
「……お前は、そのままでいいのか?」
「え?」
「お前があの屋敷で何をしてるのかは知らねーけど……どう見てもマトモじゃないのは分かる」
「…………そう、かもしれませんね」
「出ていけない理由も聞いた。だけど、お前がそんな目に遭ってるなんて知ったら、先生とやらは悲しむんじゃないのか」
「………………そうですね。そうかもしれません。でも、良いんですよ。それはそれ。これはこれ。知らなければ、先生は僕がお金持ちの家で幸せにしてると思っている。孤児院も幸せ。それで良いじゃないですか」
これ以上は聞くなと顔に書いてあるような気がして、ヴァイスはこの話を続けるのを止めた。
これも余計なことに入るのだろうか。彼の曇った表情を見て、少し後悔もしたが聞かずにもいられなかった。
どうしても、踏み込んでしまいたくなる。放っておけない。
いつも彼は笑顔だが、どうにも不自然なような気がして気になってしまうのだ。
「他の話をしませんか? そうだなぁ……ヴァイスさん、普段は何食べてます?」
「……森に生ってる果物とか、獣を狩ってる」
「ま、街で買わないんですか?」
「たまに行くが、そっちの方が早い」
「へ、へぇ……」
まさかの返答にルーカスは少し驚いて線が歪んでしまった。
もし自分が森で暮らすようなことがあっても、それだけは真似できないだろうなと思った。
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