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第21話 主人

 陽が暮れる頃。  いつものようにヴァイスに送ってもらい、いつものように椅子に座って主人が来るのを待つ。  いつもと違うのは、外でヴァイスが待機していること。  ここで、彼が攫ってくれるのを待つ。  彼とのキスのおかげだろうか。ルーカスは自分の中に何か湧き上がるものを感じていた。  これが魔法なのだろうか。  今願えば、何かが起こるのだろうか。わからない。  だから今は、ヴァイスを信じて待つしかない。  暫く待つと、ドアが開いて主人がいつもの笑みを浮かべて入ってきた。 「やぁ、ルーカス。今日も良い子でいたね?」 「……はい、ご主人様」 「それじゃあ、いつも通りに」  主人がルーカスに一歩近づいた。  その気配を察し、ヴァイスは窓を蹴破って部屋の中に突入した。  パリーンと大きな音に驚き、主人とルーカスは割れた窓へと目を向ける。  まさかそんな入り方をするとは思っていなかったので、ルーカスも一緒に驚いてしまった。 「な、何者だ!?」  慌てふためく主人をよそに、ヴァイスはルーカスを肩に担いだ。  突然のことに困惑していた主人だったが、ルーカスを奪われまいとヴァイスに掴みかかろうとするが、年老いた人間が獣人の身体能力に適う訳もない。 「っ、その風貌……お前、獣人か!?」 「だったら何だ。このガキは俺が貰っていく」 「ふ、ふざけるな! その子は私のものだ!」 「…………このガキ、随分良い匂いがする。普通のガキじゃないな?」  ヴァイスはそのまま立ち去ろうとせず、主人にルーカスのことを訊いてみた。  主人の狙いが何なのか、何のためにルーカスを買ったのか。その真相を確かめたい。 「お前がそんなことを知ってどうする!」 「魔法使い」 「っ!?」 「図星だな。このガキの力を使って何をするつもりだ」 「お前のような獣人もどきに言ってどうする! その子は私の番になるのだ。私の所有物だ!」  主人の発した言葉にヴァイスは苛立ちを感じながらも、一つ気になることがあった。 「何を言ってるんだ。お前、ベータだろう」 「っ!」  ヴァイスの言った言葉に顔を赤くした。  臭いですぐ分かる。アルファでもオメガでもない。何も持たない普通の人間、ベータ。 「ち、違う! 違う違う違う! 私はアルファだ! アルファに生まれるはずだったのだ!」 「はぁ?」  ヴァイスは怪訝な表情を浮かべた。肩に担がれたままのルーカスも意味が分からず、首を傾げる。  主人が怒りを露にし、普段からは想像もつかないほど顔を醜く歪めている。 「私が、ベータなはずがない! 何もかもに恵まれた私がその辺の人間と同じなはずがない! だから私は調べた。そして知ったのだ。何でも願いを叶える魔法使いの少年を! 大昔に確かに存在したのだ!」 「何だと……」 「私はその子の力でアルファになる。そして番になって魔法の力を我が物とするのだ!」  狂ったように高笑いをする主人に、ルーカス込み上げてくる感情に身を震わせた。  そんなことのために。そんなもののために。  この男のワガママのためだけに、自分はこんなところに閉じ込められたのか。大切な人たちと引き離されたのか。 「冗談じゃ、ないですよ……」 「っ!?」  ずっと黙っていたルーカスがポツリと呟き、主人とヴァイスは反応した。  雰囲気がいつもと違う。身に纏ったオーラが、目に見えるほど。 「生まれ持った性に納得がいかないからって、子供みたいに駄々こねて……そんなもののために、僕は……貴方に利用されるために僕は、生まれたわけじゃないのに!」  ルーカスの体から光が放たれ、主人はそれに弾かれて壁に打ち付けられた。  気を失った主人の姿に、ルーカスはポロポロと涙を零す。  あんな男の人形にされていたなんて。ベータに生まれたことが嫌で、アルファになろうとして自分を利用していたなんて。  相手が何を思っていようと関係ないと思っていた。だが主人の願いを聞いて、酷く頭に来た。 「ルーカス……」 「早く、ここから離れましょう……」  ルーカスは、か細い声でそう言うとそのまま気を失ってしまった。  体に負荷をかけたのか、鼻血を流している。  ヴァイスは急いで森へと戻り、身を潜めることにした。

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