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【21】視察に出かけたら前世では興味が無かった怖い神話を聞いてしまった。
俺は、このようにして、十七歳になった。
視察にも慣れてきた。近衛のライネルとは常に一緒にいるが、他は様々な貴族と付き人と、各地を回るのだ。とはいえ、それも病弱と、無気力風演技で、二ヶ月に一度、あるかないかである。
そう、俺は、現在、世を儚む無気力系になったのだ。世界の全てを見下している感じである。達観というか諦観というか、「こういう若い奴いたなぁ」みたいな無気力系になったのである。全くやる気がなさそうな感じだ。イヤミすら言わない感じの、物事がどうでもよさそうな感じである。ただし、言われた通りにやることはない。流されない。やらないという部分だけは、芯がある。そこのみ押し通している。
これが案外良いらしく、俺が唯一やる気を見せている薬草いじりは、みんなに褒められている。推奨されている。なにせこれ以外、自発的にやっていることがないからだ。
さて、今回の視察先は、【始祖王廟】だった。
ここは遠方なので、泊まりがけである。泊りがけの視察は、実はまだ二度しか経験がなく、次が三度目である。宿泊先で体調を崩したら困ると言い張ってきたのだが、この視察は必ず男性王族が行かなければならないらしく、断れなかった。父も兄も多忙だったのだ。弟達はまだ小さい。しかも、兄との冷戦状態はまだ続いているため、兄が代わってくれることもないのだ……最悪である。これ以上険悪になるのが恐ろしい。
メンバーは、ユーリスと俺である。さらに客人として今の今まで滞在していたハロルドが、興味があると言ってついてくることになっていた。この視察が終わったら彼は帰るそうだ。本来、部外者を視察に連れて行くなどありえないのだが、賛成した俺をユーリスが後押ししたため、すんなりと決まった。なんとなくであるが、やはりユーリスは、ハロルドが隣国の皇族であると気づいているように思った。
馬車で五時間かけて向かった始祖王廟は、山の中腹にあった。
そこを削り取って建てられた、城である。
全体に、黒曜石が散りばめられていて、陽の光で輝いている。
「あれが始祖王廟か」
ハロルドが窓から城を見上げた。興味深そうに目を細めていた。
俺の国の王宮の生活で、随分と小奇麗になったと思う。
「怖い伝承がたくさんあるが、城はこうして見ると綺麗だな」
「怖い伝承?」
ハロルドの言葉に首をかしげると、隣に座っていたユーリスが腕を組んだ。
「始祖王は、永遠の命を求めて、我が子の生き血と心臓を食して、今なお命をつないでいるだとか、心臓を食べた子供の体に自分の心臓を移して、その体に乗り移るだとか言いますよね」
くだらないおとぎ話だなと、俺は呆れた。
だが、ハロルドはユーリスを見ると、大きく頷いた。
「ああ、寒気がするな。たしか、心臓の【転換】には、条件があるとか」
「――それは、他国の方にはお話できない事柄です」
俺は驚いてユーリスを見た。ハロルドの素性を知っていると、はっきりと理解したからではない。否定しなかったことに驚いたのだ。そもそもハロルドも真実である風に語った。
「さ、行きましょうか」
その時馬車が止まったため、その話は終わってしまった。
俺は降りながら目を細めた。
始祖王の知識など、それこそラクラスが三番目の召喚獣だったという程度しかない。
――馬が高く嘶いたのは、その時のことだった。
振り返ると、急に走り出した馬のせいで、馬車全体が横に転倒して引きずられているのが見えた。幸い全員降りていたし、御者も地にいた。何事かと思っていると、後続の馬車も次々と同じようになった。
「魔族だ!」
誰かが叫んで、空を見た。俺も見上げると、そこには、大量の魔族の群れがいた。巨大なコウモリのような羽をしている。俺をかばうように、ライネルが一歩前へと出て剣を抜いた。これは――魔族の襲来である。俺は、似たような光景を、前世で王都にて目撃した記憶があった。
「城の中へ」
ユーリスに袖を引かれた。だが、この状況を放っておいていいのだろうか。
無論、放っておくべきなのだ……変に戦えるところを見せたら、今後も戦わなければならない。以前のものは偶発的なものだとして片付いている以上、今ならば逃げても誰も何も言わないだろう。
周囲をさっと一瞥してみた。
召喚獣の姿は無い。一匹もいない。
ライネルをはじめとした近衛達が剣を構えているだけだ。
――魔族相手に、人間の剣は無力だ。
もちろん、かつての師のような力量ならば別だが、あのクラスは、ここには俺を含めても数人しかいない……どうしよう。俺は迷った。足が止まる。
「殿下、お早く!」
振り返ったライネルにも促された。彼の表情は険しい。
俺を守ってくれようとしているのがよく分かる。
そんな彼を見捨てて行って良いのか――やはりそれは、俺にはできない。
だが、やらなければスローライフに支障が出る。
そもそも無気力系を装っていても、その少し前のグレている俺であっても、常に変わらず付き従い守ってくれている優しきライネルを見殺しになど、とてもじゃないが良心が許さない。俺は、決意した。ラクラスを喚び出そうと。
――その直前だった。
「エクエス」
凛とした声が響いた。瞬間、周囲に異常なほどの威圧感が溢れかえった。
重力が何十倍にも変わってしまったかのように、一気に大地が震えた。
――なんだ?
新たなる魔族の襲撃かと思ってうろたえた時、真正面に展開する、巨大な黒い影を見た。長い毛並みの馬――それこそチェスの【騎士(ナイト)】に瓜二つの影だった。あれは――召喚獣だと瞬時に悟った。
騎士(エクエス)――……?
俺はその名前に覚えがあった。確か、始祖王の一番目の召喚獣の名前だ。
一体誰が?
そう思った時、手首を取られた。
「行くぞ、走れ」
俺の手を取り走り始めたのは、ハロルドだった。
その力強いてから、周囲に展開しているものと同じ魔力が伝わって来る。
……前世では、こんな強力な召喚獣を保持しているなどとは聞いた事がなかった。
ドクンドクンと心臓がうるさい。全身に冷や汗が流れる。
そのまま連れられて、俺は始祖王廟に入った。
駆け込み、奥の部屋まで連れて行かれ、そこに一緒に入ったユーリスが施錠する姿をボケっと見ているしかできなかった。ハロルドを見れば、険しい顔で窓の外を見ていた。
「何故こんなところに魔族が?」
ユーリスが呟くと、ハロルドが彼を見た。
「始祖王の召還獣が二体もいたせいで、魔族が過剰反応したのかもしれない」
「なるほど」
「気をつけたほうがいいな。今夜は満月だ。ただでさえ魔族が騒がしくなる」
「つまり貴方が出ていけば良いのでは?」
ユーリスの言葉に、ハロルドが目を閉じた。
「それはそうだが、俺が出て行ったら、誰が魔族を撃退するんだ? フェルは、自分の意志では使えないと――少なくとも、そういう風に聞いているけどな」
ハロルドは、少し含みがある言い方をして、俺を見た。
俺は顔を背けた。
さて――その後、外の敵はハロルドの召還獣が殲滅し、危惧したさらなる襲撃もなく、俺達は無事に視察を終えた。最終日にハロルドは、「またな」と言って、ふらっと出て行った。馬車を貸すといったのだが、断られた。隣国までの国境は近いから、俺は深くは聞かないで、見送ることにしたのである。
王宮に帰還すると――真っ先に走ってきたのは、王妃様だった。
俺の記憶だと、この年くらいから王妃様は、兄を溺愛して大変だったのだが……現在、俺が溺愛されているのは間違いない。走ってきた王妃様のあとを、ゆっくりと母上が歩いてきた。この二人は、非常に仲が良い。見ていて微笑ましくなる。俺は二人に無事を喜ばれ、なんだか胸が温かくなったのだった。
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